episode 03 螺旋の始まり1
何だかんだと色々あり、やっと時間をさかのぼったことに慣れてきた。
咲良はちゃんと生きている。今度こそ楽しい夏休みがやってくると期待していた。
明日は夏休み。終業式が終わり、あとは見たくもない宿題の話と夏休み中の注意事項を担任から聞いて終わり。
そんな日に、事件が立て続けに起こった。
終業式が終わって体育館から教室に移動。あとは担任が来るのを待つだけだ。担任だけと思っていたが咲良も祐介もいない。
「あー。なんかやらかしたか?」
そう考えて、思い当たることが一つ。
終業式の真っ最中、二人が喋っていて怒られているのを見かけた。多分、その関係だ。
明日から夏休みだからってはしゃぎ過ぎだ。小学生じゃないんだから落ち着けと言いたい。
「雨宮、咲良知らない?」
「あ、理乃ちゃん」
理乃ちゃんだ。
相変わらず金髪ピアスの美人さん。咲良といるとより大人っぽさが増す。けど、間近だとやはり高校生だ。
ところで理乃ちゃんの苗字を思い出せない。理乃ちゃんと呼ぶのは失礼かもしれないが、知らないのだから仕方ない。それに本人も文句言わないから大丈夫。
「さっきの式で怒られてたから、職員室じゃないか?」
「あー。クッソ」
最後に舌打ちされたけど、俺は何もしてないはずだ。やはり理乃ちゃんは少し怖い。
なぜ守れなかったのかと、あの日に言われたことを思い出す。
無茶苦茶なことで怒られたが、どれだけ咲良を頼りにしていたかわかった。本当はいい奴なんだ。
「ちょっと、あたしの顔見てニヤニヤしないでくれる?」
「……あ、ごめん」
「キモイ」
俺の心が耐えられないから、早く帰ってきて欲しい。
冷めた目線を回避するため、俺は咲良特製おにぎりをカバンから出す。相変わらず爆弾だ。
時間がなかったと言っていたから中身はない。ただの塩おにぎり。
それを二口ほど飲み込んだあたりで、二人が帰ってきた。
早速、咲良は理乃ちゃんに呼ばれる。祐介は真っ直ぐに俺の席に歩いてくる。相当説教されたらしく、項垂れながら前の席に座った。
「なに? 担任に怒られた?」
「亮! スゲーな。大当たり」
「夏休みになるってハイテンションになりすぎだろ」
「ぐぅ」
祐介の頭が目の前。俺は構わずおにぎりを食う。恨めしげに睨まれても俺には関係ない。
「まあ、明日は夏休みだし。もう忘れろ」
「違うんだよ」
「なにが?」
「…………告白、した」
嫌な汗を感じる。湿気を含んだ暑さの中、余計に熱を帯びる。でも氷水をかけられたみたいな気持ちだ。不意打ちもいいところ。
そう。俺は大事なことを忘れていた。祐介に相談されて、あいつは告白すると宣言していたんだ。
咲良のことばかり気にして、友達としてありえない。
夏休みになる前に告白すると二度も聞いたはずなのに。
「さっき、告白したんだ」
「さっき!?」
「職員室から戻る時に」
いくらなんでもタイミングが悪い。二人で怒られて、その帰りに告白したってことか。
もっとオーケーしやすい状況を作らなければ駄目だ。何をやってるんだと心で舌打ちする。
「それ、で?」
ドキドキする。違う。これは心配。不安。ざわざわする気持ちは、咲良が遠くへ行ってしまうことへの焦り。
「駄目だった」
「……そっか」
俺は自分を殴りたくなる。親友が告白して駄目だったというのに、安心しているんだ。馬鹿みたいにほっとしている。
咲良の幸せを願いながら、誰にも渡したくないと駄々をこねる俺がいる。
最悪だ。
「それで? どうするの?」
「もちろん諦めない」
改めて決意した祐介が眩しい。すごく、羨ましい。
「ねえ、なんの話してるの?」
「このタイミングで来るのかよ」
「なによ?」
咲良は特に何も考えないで、会話に入ってくる。いつも通り笑顔で。
「祐介はハートブレイク中だ。しばらくそっとしといてやれよ」
「あらあら、それは大変。誰のせいよ」
「お前だろ。白々しい!」
腹が立つほど普通だ。会話に入れなくてモジモジする祐介の反応が正しい。普通はそうなるはずなんだけどな。
「ねえ、祐介くん」
「え?」
「わたし、こんなんで関係変わりたくないの」
祐介の告白をこんなん呼ばわりした。咲良、全くわかってない。無神経っていうのかな。
「わたしのこと、咲良ちゃんって呼んでくれる?」
「はあ!?」
なぜか俺が叫んだよ。祐介が驚くほどに叫んでしまった。
「なんで亮ちゃんが驚くの?」
「いや、だって。その流れでどうして"咲良ちゃん"なんだよ!」
「おかしい?」
「おかしい!」
「だって、わたしたち友達だよ。もっともっと仲良くなりたいの。だから名前で呼んで欲しいの。ちゃんと、心から許し合える友達になりたいの!」
真面目に、真剣に理由を話す咲良。何だか俺が間違っていた気分になる。
「それに、亮ちゃんだけ名前で呼ぶなんてズルイと思わないの?」
それだけは咲良らしい言葉だ。
「ね、だから名前で呼んで」
祐介がそんな咲良の声に反応して笑う。失恋したとは思えない満面の笑みを浮かべる。
「わかった。わかったよ、咲良ちゃん」
「ありがとう、祐介くん」
二人の距離は確実に縮まった。それを俺は望んでいた。望んでいたはずなのに。どうしても喜べない。
とても、辛い……。




