episode 02 月夜に願う2
「雨宮亮」
急に話しかけられて、俺はびっくりしてブランコから落ちかける。月に集中しすぎていて、人がいるなんて気づかなかった。しかもかなり目の前に。
「君、は?」
久しぶりに喋った気がする。唇を少し噛んでしまった。それだけじゃない。話しかけてきた女の子は、異質な感じがして正直言って怖い。
幽霊、かもしれない。そんな考えが過ぎると、もう幽霊にしか見えなかった。
白い装束に青い袴。巫女さんのような恰好ではあるが色が違う。袴が風に揺れると桜の模様が動く。
つい見入ってしまった。特に注目してしまったのは青い髪だ。珍しいだけじゃなく、染めた感じがなく美しい。
まるで絵画でも見ているかのような光景だ。
俺は声を出すことを忘れて、ただその美しさに魅了された。今にも桜が散ってきそうだ。月明かりに照らされた瞳はやはり青くて幻想的。
何がきっかけだったかはわからない。しかし、俺は確実に怖さを忘れて女の子に釘付けだった。
「無礼者! そんなにジロジロ見るでない!!」
まるで時代錯誤だ。不思議な喋り方をする。
「きいておるのか!」
「きいてる、けど……」
どう見てもこの世のものとは思えない。ということは、やはり幽霊なのか。だとしたら、触れられるはずがない。
どうせなら咲良の幽霊に会いたかったかもな、なんて思いながら手を伸ばしてみる。
「無礼者!!」
バチンと音を立て、俺の右手は女の子に叩かれた。しかし、触れることを確認出来た。女の子は生きている。
「幽霊じゃないのか」
「ワラワは生きておる!」
見たところ、年齢的には中学生。幼い顔つきのくせに、上から目線でものを言う。ちょっと可愛らしく感じてしまう。
「おい、きいておるのか!」
「お前じゃなくて咲良に会いたかった」
本音を言えば、嫌な顔一つせずに女の子は微笑む。
「それが、雨宮亮の願いなのだな?」
「願い? 願いって言われたらそうかもしれないけど」
一体それが何だというのか。
それよりも、この女の子は俺の名前を知っている。俺のことを知っているのか。
「それが願いでよいか?」
勝手に話を進める女の子に、あからさまに怪訝な表情をしていたと思う。いくら中学生とはいえ、言動が不審者だ。
「やはり説明せねばならんか。面倒だな」
「は?」
「全て話す。それから考えるといい」
「君って中学生? もう夜十時過ぎてるし、補導されるよ」
この状況から逃げたいと思うのは当然だ。このまま居たら悪いことが起こるに違いない。やはり、女の子は異質な雰囲気がする。関わってはいけない。
俺の中で警鐘が鳴る。適当な言葉を並べて逃げようと、俺はブランコから降りる。
「俺、帰らなきゃ」
「一つきいてもよいか?」
すれ違いざま、女の子は声をかける。俺は構わず歩き続けた。
「一ノ瀬咲良が死ぬ以上の悪いこととは、どんなことだ?」
俺は立ち止まった。
まるで心臓を鷲掴みされたかのように、苦しくなる。悔しくなる。腹が立つ。こんな年下の少女に何がわかるっていうんだ。
いや、待て。この女の子。俺の名前や咲良のことを知っている。心をよんだ……まさか。
「ワラワの話、聞く気になったかの?」
「……いいだろう」
女の子が何を話そうとしているのかはわからない。
だが、思い出したんだ。咲良が死ぬ以上の悪いことなんて、今の俺には思いつかない。
「きいてやる。あんたが悪魔だったとしても、話の間は逃げない。これでいいだろう?」
「よい心構えだ」
汗が流れる。暑さのせいじゃない。体に感じる生温い風は俺の心を掻き乱す。これから始まる女の子の話が、とても怖かったからだ。
俺が再びブランコに座ると、女の子は淡々とした口調で話し始めた。
女の子は普通の人間とは少し違うと言った。見た感じは確かに違う。最初は魅了されていたが、今は気味が悪くて仕方ない。
「ところで、名前は? あんたは俺のこと知ってるみたいだけど」
「名か。どちらにしてもワラワはすぐにいなくなる。必要かの?」
「気になるだろ」
「……姫巫女。皆はワラワをそう呼ぶ」
確かにそんな感じの姿。服装から喋り方まで姫巫女。ただ、本当の名前を教えるつもりはないようだ。
「わかった。姫巫女さん、話を聞かせてくれ」
姫巫女は月を見上げる。
俺のことなど無視して、まるで月と会話しているみたいに優しい顔をした。やがて目線を戻した姫巫女は、俺を上から下まで眺める。
「お主には最近、辛いことがあったようだの」
「だったら、なんだよ」
「満月の夜。お主のような者が、ここに来るのだ」
「来るって……。俺は自分の意思で来たし、操られてるみたいに言うな」
気味悪い、という言葉を俺は飲み込む。姫巫女が強い目で睨むからだ。
「詳しくは言えぬ。だが、賭けてみても損はないと思わぬか?」
「何を?」
「ワラワはお主の願いを叶える。どんなに難しいことでも可能だ」
「人を甦らせることもか?」
「無論だ」
「おかしいだろ。見ず知らずの人間の願いを無償で叶えるなんて。それに、甦らせるっていうのも信用出来ない」
当たり前であるかのように、姫巫女は何でも願いを叶えてやると言う。訳の分からない宗教の勧誘かとも思ったけど、それとはまた不気味さが違う。
姫巫女は本当のことを言っている。けれど、それが実際に実行出来るのかは疑問。
とにかく、姫巫女の中では、願いを叶えるなど容易いこと。それが常識のようだ。
「悪魔だったとしても、と言うたな」
「ああ、言った」
「賭けてみてはどうなのだ? 悪魔だったとしても、大切なものが戻るのだ。悪い話ではなかろう」




