episode 02 ぽっかりと穴があいて2
今朝、慌てて家を出ようとしたところで携帯が鳴った。咲良の母親から聞いたと言って、俺に教えてくれたのだ。
一ノ瀬咲良が事故に遭った、と。
だから学校には行かず、病院に走った。この時はまだ、そこまで心配していなかった。
うっかり足を引っかけたとか、運悪くマナーの悪いドライバーに当てられたとか、最悪なら骨折くらいはしてるかもしれないとか、そんなことばかり。俺の頭の中では咲良を元気づける言葉が回っていた。
せっかくの夏休みに遊べないなんて、運が悪すぎるだろうと楽観的な考えしかなかった。
しかし――。
一ノ瀬咲良は俺の到着を待たず、遠い世界へ旅立ってしまった。
『咲良ちゃん、亡くな……っ』
先に来ていた母さんは静かな廊下の端で泣き崩れた。俺はどんな顔をしていたんだろう。
よくわからないけど、上手い表現があるとすれば空っぽだ。そう、空っぽになってしまったんだ。
事故が酷かったせいで、両親以外は咲良に会えなかった。だから余計に実感がない。あのドアの向こうで咲良が笑っているんじゃないかって、そんなことを考えてしまう。
事故原因はまだ調査中だが、どうやら車両同士の事故に巻き込まれたらしい。一台が歩道に乗り上げて、咲良の命を奪ったようだ。
俺はゆっくりドアを開ける。生温い風が俺の冷えきった顔に熱を送る。祐介がぎこちなく笑っていた。
「部活は?」
「それどころじゃないよ」
わかっていたのに聞いた俺がどうかしてる。
「亮、イケメン台無し」
「そういう祐介だって、ネット中毒のオタクみたいな顔してるぞ」
「例えがおかしいって」
お互いに乾いた笑い方をする。いつものようにふざけてはみたが、そんな気分でないことはわかっていた。この沈黙が答えだ。
「あのさ……」
お互いに表情を探って、どんな言葉をかけようか考えている。気遣うような間柄ではなかったはずだ。
「亮、大丈夫か?」
「さあな。自分でもわかんないよ。祐介は?」
「うん。大丈夫でもないけど、まだ頭の中で理解出来てないみたいな感じかな」
「そうだよな」
よくわかる。お互いにわかりすぎているから、言葉が見つからないんだ。
「亮、今日どうすんの?」
「どうするって?」
「一ノ瀬の家にずっといるわけじゃないだろ?」
咲良の両親はまだ病院だ。いろいろとあるみたいで、まだ帰れない。手伝えることがあるならと、母さんは咲良の家で動き回っている。
逆に迷惑なんじゃないかと思ったが、さすが親友同士。お互いの距離はわかっていて、咲良を迎える準備が終わったら引き上げるつもりらしい。
「ここにいても、辛いだけだから。もう帰ろうと思ってる」
「そっか」
祐介が急に不安な顔つきになる。何となく考えていることがわかって、俺は今出来る精一杯の笑顔で首を振る。
「後を追うようなことはしない。約束するよ」
「……それ聞いて安心した」
こんな状態だというのに、俺の心配してる場合かよ。祐介の方が心配でたまらない。
「祐介。お前こそ――」
「亮がいれば大丈夫! いつか元気になれるから。だから、だからさ!」
俺の言葉を遮って、祐介が叫ぶように言う。そして腕にすがるようにして泣き崩れた。
祐介のこんな姿、見たの初めてだ。
「だからさ。早く前向きたいから……手伝ってくれよ、亮」
「……当たり前だろ」
お互いに支え合わなきゃ、多分動けなくなる。ずっと一緒にいたムードメーカーがいなくなってしまったんだ。
こんな祐介を見たら、何泣いてるんだって怒りながら出てきてもいいだろう。祐介に上手く言葉を伝えられない俺を見て、もっとかける言葉があるだろうって背中を押してくれてもいいだろう。
なんで、いないんだよ。咲良。
怒ったままいなくなるなんて、卑怯だろ。悔しかったら出てこいよ。内緒話が嫌いなんだろう?
だったら早く、追いかけてこいよ。咲良……。




