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Episode4-3 不穏な動き

 時計塔の隠し最上階が再封印されたことを見届けると、アリスフィーナは即座に踵を返して街へと繰り出した。

 無論、新しいアルバイトを探すためである。

 学園内の商業施設でもアルバイトはできるが、そこは競争率が高い上に月払いがほとんどなのだ。その日のご飯を食べることで精一杯のアリスフィーナは可能な限り日払いで働きたいのである。実は学園長にも無理を言ってそうしてもらっていた。

 竜装製作の手伝いという秘密で割のいい……割のいい? とにかく口止め料も含めて普通よりは高いお賃金を貰っていたアルバイトがしばらく休業になってしまった。

 再開は未定。まだ三日しか経ってないのに。

 今日はもう仕方ないとしても、明日からの働き口を探さなければすぐに水だけで生活する日々がやってきてしまう。

「最悪ジークにたかればいいけど……」

 お金持ってるくせにタダでは奢ってくれないのがあの男だ。見返りになにを要求されるかわかったものではない。

 女性向けの物語に出て来るような王子様みたいにちょっと乱暴な命令をされる――ようなことには絶対ならない。確実に扱き使われるだけである。

「う~ん、あんまり募集してるお店ないわね」

 商店街を見て回るが、『アルバイト募集』の張り紙をしている店自体が少ない。できれば飲食店だと食料的に助かるから嬉しいのだが……どこも間に合っていたり月払いだったりする。

「前にバイトしてたビュッフェのお店は潰れちゃったし、贅沢は言ってられないわ」

 ちなみに竜核が封印されている間、ジークは街の中央工房の手伝い。フリジットも自分の研究室に引き籠って魔巧機械弄りをするらしい。魔巧馬鹿はやることが決まっていて羨ましい限りである。アルテミシアは元から学生会の仕事が忙しそうだった。

 竜装製作がいつ再開するかわからない以上、あまり長期を前提としたアルバイトもできない。

「朝の配達だったら兼業できそうだけど……」

 ぶっちゃけ早起きはつらいし、またジークに馬車馬のように使われたら正直身が持たない。やはり再開まで日雇いを連続する方が堅実だ。

 そんな感じにあれこれ悶々と悩みながら歩いていると――

「あらアリスちゃん、またアルバイト探し?」

 商店街の片隅にある小さな店の窓から、恰幅のいい中年女性が顔を覗かせてきた。

「あ、パン屋のおばさん」

 顔見知りだ。よくアリスフィーナに余ったパンの耳を分けてくれるとても親切なおば様である。焼き立てホクホクで芳ばしいパンの香りが鼻孔を擽り、きゅるる、と小さくお腹が鳴って思わず頬が熱くなる。

「一人暮らしの学生さんは大変ねぇ」

 幸い、おばさんには聞こえなかったようだ。

「ねえ、おばさんの店で雇ってくれないかしら?」

「あっははは、うちは人を雇うほどの余裕なんてないよ。ほら、いつものパンの耳。持ってくかい?」

「いただきます!」

 やっぱり聞こえていたのかもしれないが、そんなことより目の前の食料なアリスフィーナだった。

「探してるって言えば、今日はなんだかキョロキョロしてる人が多いわねぇ」

「キョロキョロしてる人?」

 さっそくパンの耳を一つ摘まんでもぐもぐしていると、おばさんが世間話のノリでそんなことを言ってきた。

「ええ、アルバイトや人を探してる様子じゃなかったわね。かといって旅行者でもなさそうだったわ。ちょっと怪しい感じがして……そうそう、ああいう人たちよ」

「え?」

 おばさんが指差した方向にアリスフィーナも顔を向ける。そこには二人組の男が人通りの隅を歩きつつ、パッと見では不自然にはならない程度に視線を巡らせていた。

 どちらも体格は似たり寄ったりでラフな格好をしているが、腰に佩いた剣は飾りではない。遠目からでもずいぶんと使い込まれているとわかる。剣術を収めているアリスフィーナには、なにかを警戒している雰囲気の二人がとても素人には見えなかった。

 ――あの武装、足運び、只者じゃないわね。

「確かに、怪しいわね」

「でしょう? でも別に悪さしてるようでもないし、衛兵さんを呼ぶわけにもねぇ」

 迷惑はしていないが、ずっと人の往来を見て来ただろうおばさんには怪しく映ったのだ。不安を感じているその声音に、アリスフィーナは――

「ちょっと聞いてみるわ。おばさん、パンの耳ありがとう!」

 日頃のお礼も兼ねて、調査を勝手に引き受けるのだった。

 そうして男たちを追っていくと……どんどんひと気のない方へ、ひと気のない方へと進んでいく。建物が密集している隙間を縫うようにして、昼間なのに周囲が薄暗くなっていく。

 ――やっぱり、怪しい。

 気づかれないように尾行しつつ、アリスフィーナはいつでも魔道術を唱えられるように呼吸を整える。

 と――

「この辺でいいか?」

「ああ、たぶんな」

 男たちが立ち止まった。

 路地裏の、これと言ってなにがあるわけでもないただの行き止まりだった。

「常時陰っている場所数十ヶ所に設置しろとか、面倒な作業だよな」

「こんなの猟兵の仕事じゃねえだろ」

 壁に向かって会話している男たち。路地の角に隠れて様子を窺っていいたアリスフィーナは、その内容に引っ掛かるものがあって眉を顰めた。

 ――猟兵?

 つい最近、耳にした言葉だ。

 ――もしかして、べあ……〈ベオウルフ〉って奴?

 ジークや学園長たちが話していた猟兵団の名前が真っ先に思い浮かぶ。そうだとすれば緑の始祖竜の竜核を狙っている可能性がある以上、放置はできない。だが、それなら学園やシュレッサー家を襲撃するはずである。

 ――なにやってるんだろ?

 こんな路地裏で、それもたった二人で、ただ竜核を狙うにしてはどうも腑に落ちない。

「でも逆らったら怖いしよ。見ただろ? うちの頭でもあの仮面の兄ちゃんには敵わねえ」

「得体が知れねえな。さっさと終わらせちまおう」

 男の一人が懐からなにかを取り出した。それは男の掌より少し大きめな正方形をした紙であり、中心に複雑な模様が描かれている。

 ――あれは、魔法陣? それも、小さいけどかなり複雑で高度ね……。

 遠目からでは、いや恐らく目の前で見たとしても、どういう効果があるのかアリスフィーナではわからないだろう。

 男が魔法陣の描かれた紙を地面に置く。すると紙は影に解けるようにして消え、一瞬だけ魔

法陣が暗がりでもはっきりと視認できる不気味な黒い光を放った。

「終わった……よな?」

「あと何ヶ所だ?」

「俺らの班だけで五ヶ所だな。ったく、なんでそんなに仕掛けなきゃなんねえんだよ。そもそも、こいつが一体なんなのかすら俺らにはわかんねえし」

「まあ、うちの猟兵団は魔道術にゃからっきしだしよ」

「だから俺らは上位に行けねえんだって。もう剣と腕力だけで伸し上がれる時代じゃねえだろ。だから〈ベオウルフ〉は時代遅れだって馬鹿にされんだ」

「お頭が魔道術嫌いだからなぁ。せめて魔巧武具くらいは装備したいぜ」

 ――ッ。

 アリスフィーナは息を飲んだ。〈ベオウルフ〉……確かにそう聞いた。

 間違いない。彼らが『組織』とやらに手を貸し、竜を殺し、竜核を奪い、十年前にフランヴェリエを没落に追い込んだ。

 ――こいつらが、クリム姉様を!

 正確には〈ベオウルフ〉がフランヴェリエ家の没落に絡んでいたかは知らないが、その親玉と繋がりがあるのであれば同じだ。

 ――こいつらのせいで、わたしは!

 怒りが湧く。

 相手は二人。見るからに手練れだが、会話を聞いていた限りだと魔道術も魔巧武具も使えないらしい。

 だったら。

「そこのあんたたち!」

 ここでとっ捕まえて、シュレッサー家に突き出してやればいい。

「「誰だ!?」」

 男二人が弾かれたように誰何する。アリスフィーナは堂々と正面に立ち、魔道術で空間から剣を取り出す。

「あんたたちがなにを企んでるのか知らないけど、あたしに見つかったのが運の尽きよ! 大人しく捕まりなさい!」

 男たちの背後は壁。逃げることはできない。彼らも剣を抜き、隙なく構えつつ舌打ちする。

「チッ、ガキに見られた! しかも魔道学園の生徒だ!」

「マズいな。魔道師なら俺らの仕掛けがバレちまうんじゃねえか!?」

「ぶっ殺すぞ!」

「待て、死体が見つかりでもしたら余計な騒ぎになる! まずは捕まえろ!」

 男たちが跳躍する。流石に戦いに身を投じている連中なだけあって、速い。

 だが、ここは狭い路地だ。

「――灼炎の剣よ、貫け!」

 精神を集中していつでも高速詠唱できるようにしていた術を解き放つ。射出された火炎の剣に男たちは足を止め、それぞれの武器を振り回して弾こうとする。

「くそっ、魔道術か!」

「魔道学園の生徒だ! ガキだからって油断すんなよ!」

 魔道術の炎剣がただの剣に全て捌かれた。雑魚じゃない。それは身のこなしから既にわかっていたことであり、アリスフィーナは臆さず既に次の魔道術を発動させる。

「――突き上げよ、焦熱の槍!」

 唱えた途端、アリスフィーナの前方空中に赤い魔法陣が展開する。そこからオレンジ色の輝きが爆裂し、鋭い炎熱が通路を埋め尽くすほど巨大な槍となって噴出する。

 炎熱系中級魔道術――〈ハヴォックランス〉。

「来るなら来なさい! わたしはアリスフィーナ・フランヴェリエ! あんたらなんかには負けないんだか――」


 ドゴッ! と。


 背後から思わぬ衝撃を受け、アリスフィーナの体が弓反りに曲がった。

「あう!?」

 痛みに息が詰まる。なにが起こったのか理解する前に地面に倒れ伏す。なんとか首を動かして後ろを見ると、何者かの靴がそこにあった。

 ――しまった、後ろにも敵が。

 相手は猟兵団だ。見えている敵が二人だからと油断した。必ず近くに仲間がいる。怒りと焦りのせいか、そんな当たり前なことをアリスフィーナは失念していた。

 せめて不意打ちなんて卑怯なことをした奴の顔を覚えようと、視線を徐々に上に向け――

「なっ!?」

 絶句した。

「あんた、なんで……」

 問いかけは最後まで紡げず、再びの衝撃にアリスフィーナの意識は暗闇に落ちていった。


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