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荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
第二章 濁流は雷雲と共に
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第十九話 彼方からのささやき

 高臣学園生徒会長・武内暁人(たけうちあきと)。荒神の存在を知る、謎の男。

 予想外の援軍に驚きを感じつつ、明は武内に短い問いかけを発した。


「なぜ……ここに来た?」


「部下から連絡があった。貴様が荒神に襲われているとな」


「俺を監視していたのか?」


 武内は当然だとでも言う風に首を傾け、


「貴様もまた荒神、油断ならぬ存在だ。悪しき者と判断すれば、容赦無く討つ」


 言葉が山鳴りのように(とどろ)く。しかし、不思議と恐ろしさは感じなかった。

 声を荒げずただ厳格に告げる様は、己を強く律する者の振る舞いだ。冷酷な現神(うつつがみ)とは違う。


(今のところは排除対象と見なされていないようだが……喜んでばかりもいられないな)


 この武内という男が、ただの善意で自分を助けに来たとは思えない。どちらかというと、ついでのような印象だ。

 答えは彼の視線が示していた。

 武内のにらむ先には、彼がここに来た本当の目的……彼の言うところの、悪しき荒神が立っているのだから。


「水野猛……前途有望な生徒だと思っていたが、残念なことに思い違いだったようだ。あるいは、過ぎた力に飲まれて道を踏み外したか?」


「まーた邪魔者が増えちゃった。しかも、よりによってきみかぁ……」


 猛は武内と目を合わせる気すら無かった。

 気だるげにぼやき、だらけるように両手を垂らす。反比例して武内が気迫を増した。


「ぼくも忙しいからさぁ、荒神でもない奴と遊んでる暇は無いんだよね。……ってわけで」


 腕を上げつつ手首を返す。地面に薄い影が浮かぶと、


「まとめて潰すね」


 直後、上から水龍の群れ。

 先ほどいなした水龍が各個に分離し、夕日で赤くなった空を覆い尽くしていた。


「武内っ!」


「伏せていろ、夜渚明」


 武内は脇を引き締め、首をすくめて迎撃の構えを取る。

 拳は握らず、伸ばした指は一束(ひとたば)に。手刀の形だ。

 見上げた空には滝のように流れ落ちる八つの塊。先鋒を担う一体に向け、武内は腕を斜めに薙いだ。


「ぬんっ!」


 野太い掛け声に続いて、水の跳ねる音。

 光る飛沫(ひまつ)が舞い散って、龍の頭が弾かれた。


「はあっ!」


 目にも止まらぬ勢いで繰り出される貫手。いや、貫手という表現は語弊があるかもしれない。

 武内が実践しているのは平手による受け流しだ。皿のようにした手のひらで先端をせき止め、力ずくで進路を変えているのだ。

 異能によるものではない。鍛え上げた肉体と武によって成り立つ、洗練された芸術だ。


「ちぇっ、噂通りデタラメな奴……!」


 猛が顔を歪める前で、水龍たちが急カーブを描いて真横に抜けていく。

 八体全てを(さば)き終えた瞬間、武内は猛に飛びかかっていた。


「力に溺れし荒神よ、己が心の弱さを恨むがいい!」


 圧倒的なスピードで肉迫し、岩のような拳を叩き込む。

 狙いは猛の顔面。空気が白煙を上げるほどに速く、鋭く。


「ちょ、待て武内──!」


 このままでは猛が殺されてしまう。明は慌てて声をあげるが、間に合わない。

 直撃する。

 何かが破裂するような音と共に、盛大に飛び散るものがあった。


「水──!?」


 舌打ちしつつ、バックステップで距離を取る武内。

 拳撃を止めたのは水だ。水龍たちが厚い障壁に姿を変えて、二者の間を隔てていた。


「危ない危ない。ちょっとぐらい手加減してよね、会長さん?」


 壁が崩れて、八つの龍が猛の周囲に再臨する。

 それらに目を光らせる武内は、前傾姿勢で相手の隙をうかがっていた。


「加減する意味も、加減する価値も無い。貴様は危険だ。命を奪うことに何の是非がある?」


「会長さんともあろうお方が気付いてないのかな? このままだと猛が死んじゃうよ?」


「……先ほどから何を言っている」


 猛の奇妙な発言に引っかかるものを感じたらしく、武内が疑問を呈した。

 答えたのは明だ。彼は武内の隣に進み出ると、


「今の猛は何者かに操られている。倒すべきは猛ではなく、その背後にいる者だ」


「だから殺すな、と?」


 そうだ、と言おうとして、明は言葉を発することに失敗した。

 そうさせたのは武内だ。彼がこちらに向けた表情は、般若のごとく憤っていた。


「甘いぞ、夜渚明。操られていたとて、水野猛が目下の脅威である事実に変わりは無い。見逃すことなどできるはずが無かろう」


「見逃せとは言っていないだろう。殺さずとも、猛を解放する方法はあるはずだ」


「理想論だな。そもそもだ、そんな方法があるのなら、なぜ実行に移さない? なぜ貴様は今の今まで手をこまねいていた?」


「それは……」


 痛いところを突かれ、言葉に窮する明。それを見た武内は語気に力を込め、


「貴様も見ただろう、あの力を! 奴がその気になれば、町中の人間を虐殺することすら可能なのだぞ! 現に貴様も命を脅かされているではないか!」


「だからといって猛もろとも殺していい理由にはならん! あいつは被害者だぞ!」


「なら代案を示せ夜渚明! でなければ犠牲を受け入れろ!」


「……っ」


「情に流され(いたずら)に被害を拡大させる気か? ……そんなものは覚悟ではない。ただの責任逃れだ」


 会話を打ち切るように顔を背け、武内は攻撃を再開した。対する猛も水龍を駆使して反撃に回る。

 一進一退の攻防を繰り広げる二人を尻目に、明は猛烈に脳を働かせていた。


「言いたい放題言ってくれる……!」


 武内は頑なだが、その考え方は筋の通ったものだ。情にうったえかけるような説得では耳を貸してくれないだろう。

 だからこそ、こちらも論理的な解決策を提示する必要がある。

 誰も死ぬことなく猛を救い、彼を操る真の敵を打ち倒す方法。

 考える。考える。考える。が、


(考えつくわけが無い……!)


 敵は猛を完全に支配しており、一方こちらは分からないことだらけ。

 せめて操られている仕組みが分かればいいのだが、それこそ無いものねだりというもので……

 ……と、明の思考がループし始めた、その時だった。


『諦めないでくださいっ! あ、あなたの力を使えば、きっと道は拓けますっ!』


 それは不思議な声だった。

 高い響きは年端もいかない少女のものだが、その声は音を伴わない。つまり、鼓膜から伝わる音ではないのだ。

 自身の頭に直接流れ込んでくるような、むずがゆい感覚だった。


「どういうことだ? お前はいったい──」


『もう一度、あなたの力で探ってみてください。ナキサワメの眷属であるあなたなら、あの体に別の存在が潜んでいることに気付けるはずです』


「ナキサワメだと……?」


『いいから、早くっ!』


 声はたどたどしく、しかし矢継ぎ早に言葉を発し、こちらに口を挟ませない。

 明は混乱しつつも少女の言葉を記憶するが、どうにも要領を得ない説明に戸惑っていた。

 力で探るだの別の存在だのと言われても、何のことだかいまいち分からない。

 自分の異能は振動を与える力だし、聴覚強化で猛の心音を探知した時も、二人分の心音が聞こえたりすることは無かったはずだ。


「もう少し分かりやすく、というかお前は──」


『ああ、これ以上は彼らに気付かれてしまいます。とにかく"波"を感じてください! そうすれば──』


 そこで唐突に声は消えた。

 もう何も聞こえてこない。

 だが、それで十分だった。

 最後の一言が意識に染み渡った時、明はようやく声の言わんとしていたことを理解した。


 波。


 少女のヒントが失われた歯車となり、これまでのヒントを繋ぎ合わせる。

 わずかな、しかし決定的な認識のズレを、あの声は訂正してくれた。

 それは、明の持つ力の正体だ。


(もしや、俺の異能が司るのは"振動"ではなく"波"だったのか……!?)


 音は空気の波。そして振動もまた、振動波と呼ばれる波の一種と考えれば辻褄は合う。


(だとしても、それが何の役に立つ? ……いや、いいさ。駄目で元々、物は試しだ。言われた通りにやってやろうじゃないか)


 明は精神を研ぎ澄ませ、周囲の波を感じ取るよう意識してみた。

 これまで単なる聴覚強化だと思っていたものをさらに拡張し、波を拾うことに注力する。

 見えてきたのは世界の新たな一面だった。

 音に振動、そして電波に至るまで。

 あたりに満ちる様々な波が、水面に広がる波紋のように空間を波打たせていた。


(あの声は、猛の中に何かが潜んでいると言っていたが……)


 明は続けて探知のフォーカスを猛に絞った。正確には、猛自身が持つ"波"を捉えようとしたのだ。

 一説によると、あらゆる物質は波の性質を併せ持っており、それぞれの個体は固有の振動数を持つ波動を備えているのだという。

 石には石の波動が。木には木の波動が。

 もちろん人間も、一人一人がオリジナルの波動を有している。

 だが、猛は違った。

 猛の体内にもう一つ、別の波動を放つ異物が紛れ込んでいた。

 奇妙な波長だが、何らかの生物であることは間違いない。


(こいつが元凶か……!)


 ならば自ずと方針は決まる。

 敵の波動パターンに周波数を合わせた、とびきりの振動波をお見舞いしてやればいい。

 そうすれば猛へのダメージは最小限に抑えつつ、内部の敵に有効打を与えることができるはずだ。


「何者か知らんが、礼を言っておく。おかげで希望の光が見えてきた」


 声の主に届かぬ感謝を送ると、明は戦場のさなかへと飛び込んでいった。


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