ガラスのユートピア
ガラスには古来から人を惹きつける特別な魅力があります。
あたなはこれから、この不思議な世界へと入って行くのです。
「今度の休みに、おじいちゃんのうちへ行こう!」とお父さんが言いました。
「おじいちゃん?」ユート(優人)くんは不思議に思いました。おじいちゃんは去年、お葬式をして、天国へ行ってしまったはずです。
「実は、おじいちゃんはもうひとりいるんだ。去年天国へ行ったのは、お母さんのお父さんで、今度会うのは、お父さんのお父さんなんだ」とお父さんは言いました。
お父さんと、お父さんのお父さんは、お父さんが若いころに大きなケンカをして、それからずっと仲が悪くて、会っていなかったのです。
でも、ユートくんが一〇歳になったことだし、仲なおりをすることになったのでした。
その週の土曜日に、ユートくんとお父さん、お母さんは、お父さんが運転する車で、おじいちゃんの住む街へと向かいました。
おじいちゃんは北国に住んでいました。
人里からちょっとはなれた、高い山がたくさん並んだけしきの中に、大きな山小屋のようなアトリエがありました。おじいちゃんはそこで、ガラス工芸の作品をつくっていたのです。
おじいちゃんは芸術家でした。
最近も、大きな賞を受賞したのだそうです。
初めて会うおじいちゃんは、白いヒゲを生やしていて、眼が鋭くて、ちょっと怖そうな感じがしました。
でも、ユートくんが
「はじめまして、ユートです」
とあいさつして頭をぺこりと下げると、ぶっちゃけたような笑顔になり
「おお、よく来たな。こんな山奥でびっくりしたろう」
と言いました。
「怖い顔してるけど、中身は子供みたいな人なのよ」と、これも初めて会う、丸顔で人なつこそうなおばあちゃんが言いました。
ユートくんたちは、まずはおじいちゃんの作品が展示されたギャラリーを見学しました。
そこに並んでいたのは、今まで見たこともないような、色とりどりのガラスの器やランプでした。
それらが光を反射してきらきらとまばゆく光ったり、光を通して見る角度によってゆるやかに色を変えたりします。
色だけではなく、形もユニークでした。
どこか遠い星から飛んできた宇宙船のようなかたちをした器や、キノコのようなかたちをしたランプ、人や動物のかたちをした置物もありました。
ユートくんは、それらの作品の数々を眼を輝かせて見て行きました。
ひととおり作品を見せてもらった後、次の部屋に通されました。
そこは実際にガラス作品を作る工房でした。
工房は暖房を入れていないのに、とってもあったかい場所でした。
丸い穴が口を開けた炉の中で、赤というよりは金色に輝いて見える火が燃えていたからです。その火の中で、石の粉を主な原料としたガラスがどろどろに溶けて、ぐらぐらと煮えているようです。
「どうだ、すごいだろ」とおじいちゃんが言いました。「まるで生まれたばかりの地球のマグマみたいだろ」
ユートくんは、この間お父さんと一緒に観た、テレビのドキュメンタリー番組で描かれた、地球誕生の映像を思い出し、深くうなずきました。
おじいちゃんは、このガラスのマグマに金属の竿を入れて、先っぽに溶けたガラスを巻き付けて外へ出すと、色ガラスの粒をまぶし、再び炉の中へいれました。そして色ガラスをなじませると、大きなピンセットのようなもので、素早く形を整えて行きます。だんだん冷めて来たガラスは、夏祭りの出店で見た飴細工のように形を変えて行きます。
「ほら、出来た」
あっという間に、それは金色に輝き、透きとおった龍の姿になったのです。
「すごい!」とユートくんは叫びました。「おじいちゃんは魔法使いだね」
ユートくんの言葉に、おじいちゃんは顔をくしゃくしゃにして笑いました。おじいちゃんの顔は、仲のいい友だちのようだなと、ユートくんは思いました。
「それじゃ、これを見てごらん」
そう言っておじいちゃんは、工房の窓際にあったテーブルにかけられた毛布を取りました。すると中からは、ガラスで作られた街のジオラマが現れました。ガラスの街は、窓からの光を受けて、キラキラとキラキラと光り輝いていました。
「うわぁ!」とユートくん声を上げました。
すると、その声と同時に、ユートくんはガラスの街の中に入ってしまいました。
見上げれば、デコレーションケーキのようなかたちの建物や、ロケットのようなかたちの塔が建ち並び、道端には、色とりどりのトカゲやトンボや猫や蝶々が、今にも動き出しそうに並んでいます。
影がサッと動いたかと思うと、青い猫が路地の奥へ走って行きます。
それを追いかけて行くと、大きな教会のような建物が現れました。扉を開けて中に入ると、天井からの光でまばゆいばかりです。
その光の中に、女の子が立っているのが見えました。何だか、さっきの猫に似たような、眼の大きな女の子でした。女の子がユートくんの方を見て、ほほえみました。その眼が、万華鏡のようにくるくると回り、ユートくんは光と色の渦の中に呑み込まれて行きました。
「これは、まだ未完成だけど、ガラスのユートピアという作品なんだ」
気がつくとユートくんは、おじいちゃんのとなりに立って、説明を聞いていました。
ユートピアというのは、理想の街という意味だそうです。ユートくんは自分の名前の響きに似たユートピアという言葉がとっても気に入りました。
「おじいちゃん」とユートくんは言いました。
「ぼく、大きくなったら、おじいちゃんみたいな、ガラスをつくる人になるよ!」
了
あなたはガラスのきらめきの向こうに、どんな世界を見るでしょうか?
それではまたお逢いしましょう。




