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母の愛 息子たちからの贈り物

 貴族の奥様ってのは、煌びやかなドレスを着て宝石をいっぱい使ったジュエリーで髪や耳や胸元を飾り立ててっつー印象を持ってるんだが、レイモンドのお母さんであるオルウェン夫人ことルクセーヌさんは違った。

 うん。とっても質素だ。

 アメリカの西部開拓時代を背景にした海外ドラマに出てくる女性のような、飾り気のない無地のドレスに同系色のベストを羽織っているだけだ。髪も綺麗に結い上げているが、ジュエリーらしい物はまったくつけていない。

 ドラゴンの脅威が原因で、持ってた資産を失ってビンボー……なんつー失礼な考えが頭を過ぎったが、よーく思い出してみたらオルウェン兄弟はそれなりの装いをしてたんだよな。

 野郎三人は不自由ないのに、紅一点の夫人だけが質素な生活を余儀なくされてるとは思えないんで、これは夫人の主義なんだろうと思う。

 それに、衣装なんざ目じゃないくらいの美人だ。

 レイモンドを女体化したらって想像したまんまの姿。そこに、それなりの幸と苦労を混ぜて加えて年取ったって感じだ。

 すこーしだけ皺の寄る目尻を和ませたルクセーヌさんは、地味なドレスの両脇を摘まむと気品溢れるカーテシーをした。


「いつぞやは愚息が大変お世話になり、誠に感謝いたします。その上、上の息子たちまでいろいろとご迷惑をおかけしたようで……」

「え? い、いいえ! 俺はたいしたことしてないんで!」


 仕事柄もあって母親世代の女性と話す機会は多いけど、丁重な言葉で話しかけられることなんか滅多にないから面はゆい。

 それよりも、と思いながら、唇がむずむずして言葉が出ない。たぶん、俺の顔面はあからさまに真っ赤になってんだろーなー。


「トール様やご友人方には、恩を仇で返してしまったようだとレイモンドも落ち込んでおりました。申し訳ございません」

「や、やめてください! ルクセーヌさんに謝罪されるようなことじゃないんです。レイモンド、君はともかく、ジョアンさんとは大人として対等の立場での取引だったんですし。それより、む、息子さんたちは無事ですか? 俺、それがいちばん気になってて」


 会話自体も慣れないが、お詫びされ続けるのは心臓に悪い。中井たちが一緒ならこの所在なさをすこしでも分散できるかもだが、ひとりで応対するってのは居たたまれない。

 だから、急いで話題を変えた。それがいちばん知りたいことだから。

 ルクセーヌさんは俺の質問につかの間考え込むような仕草を見せて、仕方なしといった口調で話しだした。

 それまでずっと淡く微笑みを浮かべていた優しげな顔が、仮面を取り換えたように無表情に変わった。

 怒りとは違う……困惑とやるせなさと呆れみたいな感情が混じり合った、ダメな子を見る母親の顔。

 あー、俺の母もよくこんな表情をしたなって思い出す。


「本当にご迷惑ばかりおかけして……三人共に恙なく過ごしております。思いのほか頑健に育ったようで、その分中身が――」


 あの後、何がどうなったのかなど詳細に関して、ルクセーヌさんは旦那さんからも息子たちからも教えてもらっていないのだそうだ。

 ただ、ここでオルウェン三兄弟とシャーリエ主従が何かをやらかしたのには気づいていた。そのせいでエリックさんとレイモンドが深手を負い、治療院に運び込まれたことだけは伝えられていたから。

 また、シャーリエ主従も無傷ではすまなかった。従者のセレは片腕を失い、シャーリエお嬢様は汚名を着せられた。

 これは貴族のご婦人や召使たちの間で交わされていた噂話を耳にして、断片を繋ぎ合わせて見当をつけたんだそうだ。

 セレの事後を聞いて胸が悪くなる。


「……腕、なくなったんです……か?」

「ええ。それも……シャーリエ様の魔法が暴発して」


 うわーっと内心で呆れと同情の叫びを上げる。

 ヒステリーの挙句に従者まで巻き込んで大惨事かよ。これじゃ、汚名も自業自得っつもんじゃね?

 でも、全面的に彼女が悪いってわけじゃないしな。諸悪の根源は、独断で物事を進めた末に彼女を惑わせたジョアンさんだ。

 俺が痛ましげな表情を浮かべたせいか、ルクセーヌさんは目を伏せて話を続けた。


 王族や貴族ってのは男社会だ。政も武もすべて男が取り仕切って、女は家と子供を守る。日本だってほんのすこし前まで、外は男の世界で家の中は女の世界ってな秩序で世の中が成り立っていた。

 異世界だなんだは関係なく、人間社会の基本的な在り方なんだろう。なんたって、古代の人間は男が狩りにでかけて、女が棲み処で子育てしてたみたいだし。

 そんな中で、女は女の世界がある。

 昔から井戸端会議っつー言葉がある。井戸まわりで近所の女たちが家事をしながら雑談をする。いわゆる情報交換の場だ。

 噂話や愚痴や相談事。それらをネタに会話を盛り上げて、互いに情報を引き出す。

 今なら人気のカフェからSNSと、情報収集の場は選び放題だ。聞きたくも知りたくもない情報まで、勝手に流れ込んでくるが……。

 そしてルクセーヌさんの世界では、家の中では侍女さんや下働きの女性、外では貴婦人や令嬢方とのお茶会だ。

 そこで耳を澄まして情報を集め、奥様の勘を混ぜ込んで形作っていくと朧気ながらも事実が見えてきたらしい。

 母親ってのはスゴイ。

 四人の息子の性格をきっちり把握してて、誰が何をしたかと推測。


「それもこれも、次男の横暴が原因かと気づいた時には血の気が引く思いでしたわ……」


 悲しいかな、成人した身で独立して生活していても、親は親で子は子でだ。子供の立場からすりゃ「余計なお世話だ」って思いがあっても、親の立場から見りゃ「私の育て方が……」ってな思いに囚われるらしい。

 でもなー。

 そんなもんは本人に責任を取らせないと、いつまでたっても直る性格も直らないって。


「で、今は……?」

「ジョアンは謹慎を申しつけられて、商会はエリックに任されております。レイモンドは自主的に自室で謹慎を」


 あ、それって引き篭り?

 反省という名の落ち込みで、自室に篭って出てこないってやつ?


「あー、なんか俺が余計なことさえしなけりゃ……」

「そんなことはありませんわ! トール様はただ種をお与えくださっただけです。その使い道を誤ったのはジョアンとレイモンドの責任。本当に不甲斐ない息子たちで申し訳ございません!」


 ああ! そこが日本なら土下座でもしそうな勢いだ!

 キレイな緑色の目に涙を浮かべたルクセーヌさんは、声を震わせて両手を握り合わせると頭を垂れた。


「や、やめてください!」


 俺は悲鳴を上げて手を振り回した。

 マジでやめてくれ! 友達のおかーさんに頭を下げられるなんざ、心が痛くて堪んないじゃねえかよ……。


8/3 名前の間違い訂正。入院したのは三男エリックとレイモンドです。

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