断固拒否!
『レア』とは、なんであるか。
辞典を見れば『稀なこと・珍しいこと・またはそのさま』と書いてある。
まぁ、入手しにくい希少な物のことなんかを、激レアアイテムとか言うし、大抵は手に入れば嬉しいもんだ。
俺の目の前に差し出された物もその類になるんだろうけど、でも嬉しいかと訊かれると、香りがちょっと……。
「はーやーく! 透瀬!!」
野々宮さんが背後から、待ちきれないとばかりに急き立てる。
あの日から、毎日夕方になるとLINEで連絡してくる。彼氏そっちのけで、男の俺に「今夜、いい?」なんて……。
何がって、あれっすよ。あのウーナ――イチジクの葉に似た神様の葉っぱ――を混ぜて作ったお菓子っすよ。
フィヴが俺の注文で作って来てくれたのは、ありがたいことにサブレだった。クッキーよりもサクッとした食感の、本来なら濃厚なバターの風味が香る焼き菓子なんだが。
「トール! 早く受け取って!」
おいおい、美人さんがめちゃくちゃブサイクっすよ?
自分で作っておきながらすっごく顔を顰めて、腕を伸ばせるだけ伸ばしてサブレを入れた籠を俺に押し付けてくる。
「うぐっ!」
やーまいったね、こりゃ。
高価な薬の材料だ良薬口に苦しだなんぞと言ってたが、あれは単なる会話の流れの上のお約束なんだと思っていたら、マジで『薬』だったよ!
匂いが、臭い!
あのー、あれだ。腹痛の時に飲む良く効く常備薬。独特な匂いのする黒い丸薬。瓶の蓋を開けた瞬間、その匂いだけで腹痛が治まりそうな、あれ。最近は糖衣錠になったって話を聞いたが、子供向け?
あの匂いにそっくりな香り立つサブレ。
「早く! これを焼いたら焼き釜が凄い臭いになっちゃって、これから掃除しないといけないのよ! もうっ!」
ひーっ! もちろん石窯だろうから匂いが染みついてんだろーなー。
「フィヴ、ごめんな……」
心底から詫びながら籠を受け取った。
手から離れた籠に、あからさまにほっとしたフィヴが数歩下がる。
「……仕方ないわ。私だって焼いてみるまで分からなかったんだもん。生地を捏ねてても、それほど臭くなかったのよ。窯に入れて熱が入り出したら……もうっ! 腹立つー!」
いまだに眉間に皺を寄せて、親の仇みたいな憎々し気な視線で籠を睨んでる。
「ほんと、マジでごめん」
あー、息したくねぇ……。
「うん……。それより、本当にそれ、食べるの? チョリ師匠も?」
「あー、だよなー」
あ、今度は尻に膝蹴りが入った。
「透瀬!」
女帝様の機嫌が斜めってきたんで、俺はフィヴに待っててくれと頼んで、振りかえった。
もちろん、手にしていた籠を野々宮さんに渡すために、無意識に籠を持つ手をキッチンカーに引き入れて。
「暴力反対! ケツが二つに割れたらどっ――!!」
籠の取っ手を掴んでいた右手が、ガツンとガラスにぶつかったみたいな衝撃と共に止まった。
いや、止められたっつーか、窓からこっちに手が戻せなくなった。
「え?」
妙な姿勢で止まったまま、俺は間抜けづらで窓を振り返った。
カウンターに寄りかかって、俺と彼女のやり取りを目を細めて見ていた中井も、俺の状態がおかしいことに気づいてか、目を見開いて俺の腕の先を見ている。
「了?」
「お……おいおい! 手が戻らねぇよ!」
慌てて姿勢を起こし、窓の外に身を乗り出した。
うっ。やっぱり臭ぇ!
「トール? どうしたの?」
フィヴのほうから見ても妙だったんだろう。ガラスすらない空間に俺の拳と籠だけが取り残されてんだもんな。
窓が開いていても、その空間を通れない物があることは、俺もフィヴも知っている。主に、異世界の生き物(例外はあったけど)や悪意のある物、そして、こっちの世界にない物などだ。
でも、今まで料理に関しては、キッチンカー内部だけならすべて問題なしだった。
なのに、なんでこれが?
「神様の葉っぱだからか? なぁ、ジィ様!」
ドラゴンの肉だって窓を通れた。謎のハーブの入ったクッキーも。
それらと違う点っつーと、神様関連だがらか!?
「なになに? どーしたん!?」
バンバンと背中を叩かれ、自由にならない腕と中腰態勢にイラっとしながら背後の野々宮さんを振り返る。
「ウーナの葉を混ぜて作ってもらった菓子が、こっちに入るのを拒否してる」
「拒否って……」
「あ、菓子がなのかキッチンカーがなのか、はっきりしねぇけど」
「あたしたちに食べさせたくない? とか?」
「それすらも、わからん! ジィ様!!」
あー! 片腕を宙に浮かしたままの姿勢って、すげー辛いんだよ。右手で持ってた籠を左手に持ちかえて、空になった右手を引っ込めてみる。何事もなく戻せた右手を閉じたり開いたりしながら、籠を睨んだ。
どうしようか。
中井たちに食ってもらうために作成を頼んだのに、こっちに持ち込めないんじゃ無理だ。野々宮さんに顔出してくれと言ったって、彼女は異世界に接触できない。
……段々とイライラしてきた。だって、原因が分からないことには、対処のしようがない。
その上、臭ぇ!!
フィヴに視線をやる度に、俺に気づかれないように少しずつ遠ざかっている。判る。俺がいつ何時、悪いけどしばらく預かってなんぞと言う可能性を回避するためだな。
冒涜だってのは重々承知してるが……捨てたい。
ごめん。手を離して「あ、落としちゃった。てへっ」なんつーもんじゃなく、森の奥めがけて全力で投げ捨てたい!
「ジィ様!! おい!!」
―ー煩いわ!! そんな臭いモンをワシの中に入れるんじゃないわい!!
あ、そっちでしたか。




