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酢豚のパイナップルと不安

 片方の窓を塞いで営業するのは、一長一短であると思い知った。

 まず、案の定キッチンカーを指定された場所に停車する時に、頭から突っ込むか車庫入れバックで入るかで全然違う。

 午前のビル街はともかく、午後の拠点は出入口に使っていた助手席側のドアがある並びの窓で営業してきた。つまり、今回壊された窓を営業用にしてたわけだ。

 マンションの建物脇の、車を一台停められるか否かってな幅のスペースを借りてるんだが、出入口が建物側に向いてる状態ってのはとにかく使いづらい。

 回りの清掃や開店の準備、お客さんのアクシデント――たとえば、商品を受け取り損ねて落としたりこぼしたり――の対処など、外に出てしなくちゃならない作業をするには、ビルと車体のわずかな隙間を通らないとならなくて、とにかく不便で大変だ。

 いかんせんスライドドアじゃないキッチンカーは、外に向かって押して開くドアだけにビルの外壁にぶつけそうでコワイ。ドアが傷つくのもだが、外壁に傷をつけるのも物損になる。

 もたもたと隙間に身を滑らせくぐり車体を大回りして、やっとお客さんの前に着いた時には……。はぁ。


「早く連絡こねーかなぁー」


 窓ガラス、早く来い!!


 まぁ、営業だけが問題なんじゃないんだけどね。

 やっぱり、あんな状況で音信不通になっちゃって、俺もだけど当然レイモンド側の人たちだって不安に思っているだろう。

 あんまりな状況の中、先を予想できない一瞬のできごとだったしな。

 

「いらっしゃいませー」

「牡蠣フライ、今日だけの限定なのねぇ?」

「はい。いい物が入った時の特別メニューなんです」


 他で買い物を終えた帰りらしい奥さんが、わざわざ車から降りてやって来た。

 車と顔に見覚えがある。常連まではいかないけど、何度か購入してくれたお客さんだ。

 

「じゃぁ――酢豚と牡蠣フライ六個、お願い」

「まいどありー」


 通常メニューにはない牡蠣フライ。

 冬の真牡蠣ほどじゃないが、夏に採れる岩牡蠣は扱い方を間違えると中る。牡蠣自体じゃなくて、気温的な問題で。

 だから、定番メニューには出せない限定メニューだ。

 信頼できる業者が扱い、俺の目で確認できる品じゃないと店には出さない。

 ふっくらプリっとしてでかい粒。塩水に入れて冷蔵しておいた物を手早く笊に上げて水切りし、薄く粉をはたいてから卵液をくぐらせてパン粉をまぶす。んで、二度揚げ。

 一度揚げで終わらせると、揚げた先から水分がじんわりでてきてベチャとなるんで、二度揚げで水分を飛ばすとクリーミーで濃密な牡蠣をご堪能できるぞー。


「お待ち! タルタルソースはカップに入れときましたんで。牡蠣フライと酢豚っす」

「ありがとう」


 代金と商品を交換して、お客さんを見送る。 

 牡蠣フライはあと三つ。小鯵のマリネに南蛮漬けもよく出る日だ。

 定番とまでは言えないが、酢豚も人気メニューだ。

 面白いのが、パイナップル抜きでと注文されることが多い。いつの間にか、それも注文の一部になった。

 パイナップルを入れなくてもエキスはばっちり入ってるんで、そんな注文も快く応じることにしている。

 中には、酢豚のパイナップルが好きっつー人もいるし。

 さて、閉店だ。

 

 夏も終わり。少しずつ日が短くなって来ている。

 陽が落ちてくると、風が涼しく感じられる時期になった。

 で、思う訳だ。


「ああ……。大変な夏だったなぁ」


 なんてな。


 看板などの備品をしまい、帰路の途中にある業者さんに寄って仕入れと一緒に残り物販売もさせてもらう。

 ここにも酢豚のパイナップル好きがいて、いそいそと渡してくれたタッパにたっぷりと入れてやる。主にパイナップルを。


「加賀さん、マジでパイナップル盛りだくさんにしたけど、いいんすか?」


 パイナップル欲しさに、わざわざ他の同僚に先に購入してもらい、残りをすべて搔っ攫ってくれる。ありがたいだけに、パイナップルの多さに気が引けたり。


「いいんだよ。俺はコイツだけで飯が食える!」


 酢豚のパイナップル愛……。みっちり入ったタッパをかざして愛を告げる彼に、同僚さんたちが背後で「ヘンタイ」だのなんだのと囃し立てている。


 きれいになくなった鍋を持って、今度こそ帰宅だ。

 

 夕日に向かってキッチンカーを走らせながら、牡蠣は今夜の俺の夕食になんて考えつつフライにするかバターソテーにするか悩んでいた。


 カンッ


 妙に甲高い金属音が店舗の下から聞こえた。

 ん? と意識を向けて耳をすませたが、それきり音はすることなく家に着いた。

 なんか気になって降車後にタイヤ回りや車の下を覗きこんだりしたんだが――わからん。タイヤのホイールカバーやナットは外れてないし、バンパーやマフラーも無事だ。


「……ガラスが届いた時にでも、再点検頼むか。まっ、その前に今夜でもジィ様に確認してみよーっと」


 もう一度ぐるりと回って調べ、俺の目で見ておかしな所はないと確認した後、店舗のかたづけと清掃を始めた。


 でも、なんだか胸にもやもやが残って気分が晴れない。

 不安っつーか心配? これが、キッチンカーっつー店舗に対する感情なのか、ジィ様に対してなのか。

 

 早く月よ出ろ!


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