謎の錬金薬師―ジィちゃんの傷
床に座り込んだ俺たちは、腰を上げる気力すら失っていた。
たった今、目の前で起こったことが信じられずに呆然としていた。
「お前なぁ……」
「透瀬の無謀さは時に面白いんだけどさ、命たいせつに!」
眇めた目で俺を睨みながらでっかい溜息をもらした中井に続いて、野々宮さんは俺の頭に遠慮なしのゲンコツを落とした。
後頭部はカウンターの天板角で、頭頂部は野々宮さんのこぶしだ。二度あることは三度あるっつーから、今度は前頭部に何が来るんだろうか。
死ななけりゃいいけど。
それにしてもだ。 どーすんだよ、あれ!
「……なんで、窓ガラスが割れてんだよっ! 特注だから高ぇんだぞ!」
「激怒してる魔法使いを刺激した、お前が悪いんだろうが……」
「だって、こっちは見えねぇし聞こえねぇだろうから大丈夫だと思ってたんだよ!」
「……あんたは子供か。叫ぶにしたって、あれはないわー。あれは」
俺だって、自分があんなコトを叫ぶとは思わなかったさ。
あの時の自分の感情や思考を思い出そうとすると、腹の奥がさーっと冷えていくような気分になる。なのに、思い出すのはかっかと頭が沸騰してたことだ。
レイモンドがセレの野郎の攻撃を受け留めはしたけど、次々と攻撃されたら力負けするんじゃないかと危惧したわけだ。で、ここは一発シャーリエお嬢様の悪口でも叫んだら気が削がれるかなー? なんて思ったりしてみたような……気がしたん……だと思う。
聞こえるわけないとわかっていながら、とにかく意識を逸らさないとっつー考えに頭がいっぱいになってた。気づいたら、お子様仕様の――ああ、そうだよ! どーせ俺の頭がお子様仕様なんだよ! 悪態ですら、咄嗟に出るのがあんなもんなのは!
開き直ってみたが、なんかすげーしょっぱい気分に……。
「すいません……。アレは忘れてください。記憶の底から削除してくれっ」
座っているのをいいことに、俺は二人に向かって土下座した。
プッと二人は同時に噴き出し、ゲラゲラと腹を抱えて笑いだした。それで車内の雰囲気は、一気に和んだ。
しかし、何だろうなぁ。俺たちが無言で傍観してた時は気づかれなかったけど、俺が全力で罵倒したのは気配で察知したのか? よくいるじゃん。普段は話しかけても「えー?聞こえなかった」とか言ってるくせに、悪口だけには瞬時に反応するヤツ。きっと、お嬢様はアレなのかもしれん。
「あの瞬間まで、シャーリエお嬢様には俺たちが見えなかったはずなんだよなぁ。なんで、攻撃してきたんだろ? 地獄耳ならぬ地獄感知?」
「あの部屋に入ってきた時から見えなかったみたいだし、攻撃してきた時も見えてなかったはず。たぶん……透瀬の悪意に気づいたんだろーねー」
野々宮さんが眉間をよせて呟いた。
俺と中井はそれに頷き、またヒビの入った窓を見上げた。
ゆるんだはずの空気が少しだけ緊張し、俺の背筋を悪寒が走った。
あの後、あっちはどうなったんだろう。
シャーリエお嬢様は壁に向かって攻撃しただけだろうが、三兄弟は俺たちを見ていたはずだ。俺がうまく回避できて窓を閉めたのまで見えたかどうか判断つかないが、あっちからこっちへ干渉できないことはレイモンドが知っている。だから、大丈夫だと思ってくれていればいいけど……。
問題は、あっちの状況だよな。
マジで殺気立っていた二人に、レイモンドたちはどう対処したか、だ。セレの野郎はどう見ても手練れって感じだったし、あの感じじゃ人殺しの経験もありそうだった。それに加えて、シャーリエお嬢様は攻撃魔法を使える。錬金薬師だからって安心してたら、実は攻撃魔法も使えますって。なに? それ。すげーインチキ。
でも、レイモンドも剣で戦えたし、オルウェン兄弟はでかい男三人だし。三対二だしな。
大丈夫だ。うん。きっと、大丈夫。
「あんな狂暴な女、よくもまぁ俺たちに会わせる気になったよなぁ。ジョアンさんて、商人にしては人を見る目がないな」
「だよねー。あたしもさ、人のことは言えない女だけどさ、あれはないと思うよー。もしもあたしらが見えてたとして、ちょっと機嫌を損ねたらいきなり攻撃してきそーじゃん?」
「でも、何もできないはずなのに、なんで窓が割れたんだ? 魔法だからか?」
中井と野々宮さんはシャーリエお嬢様の考察を始めたが、俺はそれよりもキッチンカーに攻撃が命中したことのほうが気になった。
人による物理的な力は防御なり拒絶できるが、魔力っつー謎の力には対抗できないのか?
目の前のバカップルがレイモンドの世界と繋がったのも、大量の魔力を保持したドラゴンを食ったからだって話だ。
それを元に考えてみると、シャーリエお嬢様自身は俺たちの存在を視覚聴覚で認識するまで行かなかったものの、第六感的なもので俺の気配や意識を感じ取った。そして、魔力の塊りであるファイアーボールを放ったら窓にヒットした。
う~む。こりゃ、ジィ様に確認しないとだな。
という訳で、中井たちをお見送りした後、またキッチンカーに戻るとジィ様に声をかけてみた。
「ジィ様、無事か?」
視界の端にうつるヒビ割れた窓ガラスは、なんだかジィ様につけられた傷みたいな気がした。
――おお、どうにか無事じゃわい――
「俺がバカやって、ごめんな。まさか、攻撃が当たるとは思わなくてさ」
――あの嬢はのぉ、とんでもなく神経過敏じゃな。だが、それが災いして力の操作がうまくできん。唯一薬師という職なれば、安定した精神でできるという訳じゃな――
えーっと、シャーリエお嬢様は感情の起伏が激しすぎて、思うように魔法を使えない。ただ、薬師なら落ち着いてできる仕事だからやっているってことか。
「性格的にやれる仕事が、薬師ってこと?」
――簡単に言えばそうじゃ。……まぁ、どうでもいいがのぉ。あの女性のことは、あちらの神の管轄じゃからのぉ――
ジィ様、マジ冷淡(笑)
ま、そりゃね。いきなり攻撃されて傷つけられりゃ、誰だって腹が立つもんな。発端は俺だけどさ。
「あのさ、窓を直さないとあっちの世界には繋がらねぇの?」
実は、まだ中井たちがいる内に窓を開けてみようかと思ったんだが、中井からストップがかかった。
あっちがまだ争いの最中だった場合、今の窓の状態じゃ攻撃を防げないかもしれない。今はヒビが入っててもガラス自体は窓の形を保っているが、万が一攻撃されてキッチンカー内部まで被弾したら大変じゃね? ってことで断念した。
特注ガラスでも蒼褪めたっつーのに、店舗内まで修理となったら俺は死ぬ。主に借金地獄でな。
――入れ替えてくれるとありがたいのぉ。このままじゃ、ワシの力がダダ洩れじゃしのぉ――
「ええええ!? 明日……じゃない、朝が来たらすぐに修理に出すからっ。ジィ様がんばってくれ!」
とはいっても、特注ガラスだからまずはガラスを注文して、届いたところで入れ替え作業になる。故障個所を、整備士が修理して終わりじゃないのがなー。
ジィ様の神力ダダ洩れも痛いが、その間まったく営業できないのが一番痛い。注文ガラスが届くまで応急処置にフィルムでも貼って営業しようかとも考えたが、整備工場のシノさんに相談してからだな。
営業窓口の破損を、パトロール中のおまわりさんが『整備不良車』ととるか許してくれるかが問題だ。
あーあ。今回は痛い勉強代になりましたよ。




