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謎の錬金薬師―弟と兄の間に

注:暴力的な兄弟関係の話が出てきますので、駄目な人は流して下さい。

 どうやってレイモンドと二人きりで話す場を作ろうかと悩んでいたところ、中井がその役をかって出てくれた。役と言ったらおかしいか。

 つまり、どう言ってジョアンさんをあの部屋から追い出すか、その追い出し役をかって出てくれた。

 中井は、少なからず俺に、負い目を感じていたんだろう。だから、中井の提案にのって、俺はその日も前に出ずに、店舗内の隅でのんびりお茶をしていた。

 今夜は、中井一人で来ていて、野々宮さんは年一の社員旅行なんだそーだ。野々宮さんに、キレるなと念を押されたとブツブツ愚痴ってたが、そこまで短気だったか? と首を傾げながら、ヤツが窓を開いて向こうに挨拶をしている後姿を眺めていた。

 聞こえて来るのは、やはりジョアンさんと中井の声だけ。会話の内容を聞くともなしに聞きながら、余りもののイカリングとキャベツの浅漬けをつまんで時間を過ごしていた。

 きゅうりの一本付けも少し残ってたなぁなんぞと、浅漬けやピクルスを貯蔵している冷蔵庫の中を思い出しつつ、お茶を飲む。


「――と言うことで、月が出ていたら、明日はトールとレイモンドさんの定例会って予定で」


 お? とうとう中井が提案したぞ? それもにこにこ笑顔だ。

 

「俺もいていいか?」

「私も、たまにはトールと二人で雑談したいので、ご遠慮願います」

「……仕方ないか」

「何を言ってるんですか……?」


 そんで、厚かましいジョアンさんにレイモンドが切れた。中井どころか、レイモンドの方がキレた。珍しいなぁ。


「冗談だ。まぁ、いつも話しているのは俺とナカイだけだからな。ここは譲るとしよう」


 うへ~。あの上から目線はなんなんだろう。

 年上だからか? 商売人として先輩気取りか?


 なーんとなく漂い出した、兄弟喧嘩って以上の剣呑さにも中井は我関せずで、営業スマイル仮面を貼り付けたまま手にしたルーズリーフの束を、店舗内のカウンターへと放った。

 たぶん、内心でレイモンドを応援しながら 「やれー! 言ってやれー!」 と叫んでいることだろう。

 つーか、俺もだけどね。


「じゃ、また」

「ああ、次は約束通りに錬金薬師殿を連れて来る。その時は頼む」

「はい。()()()()()()()()ら、ですけどね」


 おー。なんかレイモンドに加えて、中井までトゲトゲしてる。

 若者連の反乱だな。ガキをなめんな!


「レイ、明日な~」


 俺も最後の一押しのつもりで、ニヤリとにっこりの中間ってな具合の、あからさまに意味深な笑みを浮かべながら、レイモンドに手を振った。

 それに応えて、奴もあの爽やかな笑顔で、でも口の端を奇妙に歪ませて、俺に敬礼して来た。軍隊式なのか騎士の礼なのか知らんが、右手を左肩に置いて軽く頭を下げた。

 へぇ~、ちょっとカッコイイ。


「ええ、明日のこの時刻に」


 その穏やかな声を合図に、俺は窓を閉じて中井を振り返った。


「ずばっと話を出したなぁ。ちょい露骨すぎね?」

「あれは、試したんだよ。ああも露骨に言ったら、どう反応するかってな。ジョアンさんも……レイモンドさんもな」


 おお? 珍しく中井が能動的だぞ?

 中井の場合、営業スマイルを見せる相手イコール無視対象に移行する。それくらい、相手に関心がなくなるか、あるいは側に近づけたくない人物ってことになるんだが、今回はそう言う訳にいかない相手だからか?

 俺と会話しながらも、スマホ片手にポチポチしてるが、相手は野々宮さんだな。ってことは、結果報告か。


「レイも?」

「ああ。彼が俺たちと同じように考えてるかどうかを確認した。それが原因で兄弟間の諍いにならないことを祈っているが、こっちには関係ないしな」

「お、おうっ……」


 なんか、怖いオーラがじわっとしみ出してきてますよ? イケメンさん。


「あの人な、俺やお前をレイモンドさん同様に、弟扱いしているんだ。それもな、カワイイ弟の友人ってんじゃなく、うだつの上がらない弟の仲間な」

「なんか……ジャ〇アン気質?」

「だな。(子分)のモノは(オレ)のモノって感じか」

「そんな感じだったのか……気づかなかった」


 呆然としながら、これまでに会った時のジョアンさんを脳裏に思い浮かべ、そんな片鱗があったかな? と考えていると、中井が能面顔をくしゃりと崩して苦笑した。


「初めに気づいたのはチョリだ。あいつはさ、ウチの兄貴を嫌というほど知ってるから」

「あっ!」


 何でもないことみたいに言いながら、中井は残ったキャベツの浅漬けを口に放り込む。

 シャクシャクと音を立てて噛み、ちょっと目を見開いて手を止め、いきなり浅漬けの入った器を手にした。


「なぁ、これ、もっとあるか?」


 どうしたってんだ? キャベツの浅漬けでダークマターが引っ込むって。


「きゅうりの一本付けが残ってる。少し漬かりすぎてるかもだけど」

「食う。そしてビール。さらに、泊めてくれ」

「へいへい」


 腕時計を見れば、もうすでに深夜一時を過ぎていた。



 中井には、年の離れた兄がいる。

 俺と専学で出会った頃には、すでに兄は結婚して実家から出て行った後だとかで、俺自身は出会ったことはない。

 ただ、兄弟姉妹のいない俺には、どんな内容だったとしても楽しそうに聞こえた。

 それが、傍若無人な兄の話であってもだ。

 中井の兄はその手のタイプらしく、時おりぽつりと漏らす兄の話はほとんど愚痴だった。そんな愚痴を毎日会う度に、俺に話していたならすぐに嫌な兄貴だって印象付いただろうが、中井は滅多に口にしなかった。だから、ちょっとした兄弟のふれあい程度なんだろうと思っていたら、野々宮さんがキレまくっていた日があった。

 聞けば、夫婦喧嘩をして実家へ帰って来た兄に、いきなり八つ当たりで蹴りを入れられたそうだ。不意打ちにそれを喰らった中井は、受け身を取れずに転倒して、こめかみ辺りを切って流血し、その上に右手の指を骨折した。

 翌日、一人で登校した野々宮さんに中井の欠席理由を聞いて、俺は唖然としたのだった。


「あの糞男ったら、謝りもしないで中井に「ドンくさ!」って言って薄笑いしてんだよっ。アタシや家族が、血相変えて病院へ運ぼうって慌ててる最中にさっ」


 怒りに怒った野々宮さんは、ちょっと女性の口から出しちゃダメな悪口雑言を吐き捨て、講師に数日間の欠席届けを渡すと帰っていった。

 俺と一緒に話を聞いていた友人たちは、口々に酷ぇと呻いた。中でも、兄や姉を持つヤツが、遠い目をして大なり小なりの同じような体験を話してくれた。

 それから、俺は憧れの兄弟に妙な夢を見るのをやめた。


 付き合うようになってから、何度かそんな中井兄弟の関係を目にするようになってしまった野々宮さんは、レイモンドと彼の兄との間に横たわる見えない蟠りに気づいたらしかった。


「チョリに、あんたとあの糞兄貴に近い力関係だね、なんぞと言われた瞬間――戦慄した」


 戦慄。また小難しい言葉を使いおってからに……。

 きゅうりの一本漬けを齧りながら、眉間に皺を寄せる中井に呆れる。 

 なんで、他人様の兄弟関係まで出てくるんだよ。俺には、どーでもいいことなのに。

 一人っ子の俺は、一体どんな顔してレイモンドに会えばいいんだっての!


 

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