謎の錬金薬師―ガラス瓶と〇〇瓶
今、ポーションの隣りに、いくつかのガラス製品が置かれている。
エリックさんとジョアンさんがオーナーの、『赤駒商会』で扱っている品々だ。その全てが、職人の手作業で一つ一つ作られた物なんだそーだ。
こうして並べられると、へーと感心すると共に、これはこっちのガラス瓶の歴史と比べてどの辺りなんだ? とか考えたりした。
ガラス製の置物やランタンのホヤ、窓ガラス、容器など様々。その容器の種類の中に、ガラス瓶も含まれている。
用途は、高級で希少な酒類を小分けにして販売するための容器だ。そのほとんどが、王族や上位貴族の下へ供される商品となる。
だけど、その価値あるガラス製品は、俺や中井の目には残念なガラスにしか映らない。歪みがあって気泡が入ってて、分厚くて薄っすらと色が付いていて。ワインボトルは、日光を避けるために濃い色のガラスじゃないと駄目なのはいいとして、他の透明であるべき商品はってこと。ウサギに似た生き物を模した置物なんだろうそれは、キラキラと明かりを弾いて光ってるけど、茶色だったり青だったりの色や気泡が所々に混じってて、角度によっては微妙な物に見え、デザインだからと言われても、絶対に納得できない仕上がりだ。
でも、それは仕方ない。彼らのガラス製造は、まだ技術進歩の最初の段階なんだろうから、俺たちが見知ったガラス製品と比べるのは酷だろう。
そんなガラス製品だけど、王家や上流階級の人たちしか購入できないようなすげー高価な物ばかりで、容器でしかない瓶すらも中身と共にそれなりの価値があるって話だ。
と言う訳で、そんな高価で貴重なガラス製品を作っている職人に、オーダーメイドで瓶の作成を依頼したとして、一体どれくらいの金額になるか。その金額に見合う品質の物ができるのか。それを考えると、ジョアンさんたちは躊躇した。
「家で使うだけなら、ちょっとした贅沢くらいの気持ちで依頼する気にもなるが、俺たちは商売人だ。この先を考えればそれなりの生産量をとなるだろう。だが、ガラス瓶では儲けはでない」
だよなー。
瓶ごと売り物にするなら瓶代も加算した値段を付けられるが、瓶はあくまでパン作りの材料製作の器具だ。パンが爆発的に売れたとしても、その分また瓶を追加しないとらなんだろーし。しまいに、瓶を購入するためにパンを量産しないとならないなんて、本末転倒になる可能性だってある。
こっちの世界だってあるじゃん? 好景気に浮かれて設備投資し過ぎて、最後には支店や工場閉鎖なんてさ。
そんなのは、商人として失格だ。
それじゃあ、どうしようかって再び思案していた所で目にとまったのが、ポーションの入っている瓶だった。
必要としている瓶より小さいが、望んでいる仕様にがっちり嵌っている。ガラスのように透明で、ついでに密閉用の蓋までしっかりしている。これなら、依頼して作ってもらえば使えるんじゃないかと、期待して錬金薬師なる人に会いにいったんだとか。
「ガラスじゃないんですか?これ……」
「材料が全く違うし、製造方法も違うんだ」
摘まんでじっくり観察したんだが、どう見てもガラスにしか見えない。
表面はつるっとしてて、しっかり透明で、心なしか厚みも均等で歪みは無いように思う。
こうやって並べてみると、ガラス製品より質がいい。
「何だろー?」
「……肉の次は、ポーション瓶かぁ」
俺の横で、中井がぼそりと呟いた。
異世界なぞなぞ出されてもなぁ。ドラゴン肉は、あの大きさと尻尾ってヒントがあって、そしてタイムリーな状況があったからピンと来たけどさ。
考え込んで無口になった俺と中井に、ジョアンさんがニヤリとして答えをばらした。
「乾燥スライムと水晶の粉だ」
「「ええ!?」」
「そしてな、これにポーション自体の材料――つまり、薬草や霊石など薬の材料を用意して錬金すると、それが出来上がる」
「はぁ? 錬金薬師って、薬も容器も一緒に作ってるんですか?」
「おう」
魔力やら魔法なんて存在自体が謎なのに、その上にもっと理屈が分からない話をされて、俺も中井もお手上げ状態だ。
なんで、液体の薬と瓶がワンセットで作れるんだよっ。 全く違う物質だろう?いくら魔法があるからって、俺にとったらレイモンドの指先から炎が出てるのすら吃驚なのに、その上から水が出るくらい理解不能な事象だよ! ま、そんなことはできないって言われたけどさ。
「なら、瓶だけの材料で作ってもらうってことですか? できるんですかねぇ?」
頭の中が大混乱中の俺に代わって、中井が指摘した。少しでも理解しようと健闘してるが、考えるだけ無駄だって。
大体、その錬金薬師って人に失礼じゃね? 薬師ってだけに、商品は薬だろう? それなのに、瓶だけ欲しいから作ってくれって……。
例えれば、俺に向かって料理はいらないからプラ容器を売ってくれって、言ってるようなもんだぞ? そんな注文されたら、即断るね。顔は営業スマイルで、腹の中は怒りを煮立たせてな。
なんかだんだん腹が立ってきた所で、ジョアンさんが訝し気に俺と中井を見た。
「初めにレイが言っただろう?現在その瓶を使用して、酵母を作っていると。何だ?妙に不満げだな?」
「いいえ、俺の気持ちとしては、何もそこまでしなくてもって……」
「俺は、腹立つ―! 商品はいらない瓶だけ売れって! 俺なら喧嘩売ってんのか?って思う」
どっちも否定的な返事だったが、全く違う答えにレイモンドが忍び笑っていた。背を向けてたが、肩が震えてるぞ、おい。
「客観と主観の違いによる見解だね。ただし、透瀬は直情過ぎ」
俺たちの背後から、話だけを聞いていたらしい野々宮さんに突っ込まれた。ついでに、ムッとしてた俺の頭頂部に軽くチョップが入った。
「ふははっ、実に商売人のトールらしい。錬金薬師には、同じようなことを言われて、きっぱりと断られた。ただ……」
「ただ?」
「一人だけ、物凄く食いついてきたヤツがいてな。内情を話してくれたら、協力するのもやぶさかでないと言われてな」
世界は違えど、変人は何割かは絶対いるもので。それを、商売上手と言っていいのか、単なる好奇心旺盛バカと言っていいのか……。
「で、話して協力を得たと?」
「つまるところ、そうだ。そして、君らに会いたいと」
ジョアンさんのその一言は、俺と中井と野々宮さんを大いに引かせた。え?心情だけじゃなく、行動的にだよ? ズザザーって後ずさりした。
ポーション瓶を出された時、一体なんの話だろうと思っていた。流れから、ガラスとポーション瓶の違いについての説明かと思ってたら、着地点は明後日の方向だった。俺たちが、瓶の対価だったなんて。
なんでさ、白パンを作ろ―! ってだけの話なのに、薬師様まで増えるんだ? 大丈夫なのか? その人!
「でもさ、アタシたちとは会えないんじゃない?」
「あ、そうだよな。レイたちと血縁がある訳じゃないんだろうし、ドラゴン肉食う前のお前らと同じ立場ってことになるはず」
「……レイモンドさんは、そのこと知ってるんだよな?」
「うん。ここに窓が移動した時に話してある。それに、お前らのこともあったし」
「なのに、ジョアンさんは話を出した。ってことは、レイモンドさんの説明を疑っていて、試してみないと信じない奴ってことか?」
「俺たちが見えなかったら、信じるも信じないもないんじゃね?」
「とは言え、無関係な人間に俺たちが見えるかどうか、あっちからは試してないんだろう?
「うん……。その必要はないと思ってたしなー」
店舗内の床にしゃがみ込んで顔を近づけ、俺たちはひそひそと小声で話し合った。暗がりだから、互いの顔は薄っすらとしか見えないんだけど、二人とも真剣な表情だった。
錬金術師ってのがどんな仕事をする職なのか知らないが、ある種の研究者みたいな性質に人間だとすると、瓶だけって注文を受けてやるから、その代わりに条件を出すってのは分からない話じゃない。
今までそんな依頼をする人なんていなかっただろうし、何に使うんだろう? と頭に浮かんだ疑問に突き動かされた変人薬師さん。薬師の矜持よりも、好奇心の方が勝ったんだろうな。
あの手の人たちって、まず自分で見たり触ったりしたがりそうだ。そこに危険が潜んでてもな。
「会ってみれば?何事も経験しないとね? そーゆー質の人ってさ」
何事も自分で確認! が性分な女帝の一言で、俺たちの方は決まった。
「会えるかどうか分かりませんが、連れてきてくださっていいですよ」
代表して中井が告げると、ジョアンさんは頷き、レイモンドは少しだけ不安そうに俺を見た。
なんだろー、あの表情は。




