捨てペットは駄目!絶対!
「……俺は騙されん!」
眼前で展開してる異空間に、俺の脳が理解を拒否してぼそりと呟きを零した。
ゴリラに甘える猫っつー予想外な光景に、俺だけじゃなく通りかかった人たちの目も釘付けだ。
撤退時間が近づいてじりじりしながら待っていた俺の前に、眩しいオレンジ色の雨蛙みたいな形の軽自動車が滑り込んで来た。中からキャリー・バッグを手にした敦が下りて来たのを見て息を詰めた。ここで噴き出して大笑いしたら、ゴリラが大暴れするんじゃないかって危惧と、猫が驚くから。
「猫はどこだ?」
「ここー。悪いな、敦ちゃん」
キッチンカーの後部で猫を相手にしていた俺は、手を振りながら声をかけた。
この暑い中で碌な食べ物も水も取れていなかったのか、ハムと水を必死で飲み食らう姿は哀れで、隠れ場所や餌を求めて彷徨いてみたが、アスファルトが熱くて人が居る場所へ出て来れなかったんだろう。可哀想に…。
俺と猫を見つけて、のっしのっしとポロシャツにスラックスの敦が近づいて来たが、猫はちらりと接近対象に視線を投げただけで逃げもせずに水を飲み続けていた。
なんだよー、俺との態度差は…。と少しだけ凹んでからゆっくりと立ち上がった。
「…こいつか…家のシンみたいな柄だな」
「そうなんだよ。数日前から声だけはしてたんだ。でも姿は見えずでさ。やっと現れたと思ったら変わった模様だし、これはショップ売りの迷子かと思ってさ。それなら獣医に保護依頼が行ってるかもと思って佳奈ちゃんとこへ連絡したんだ」
俺の話を聞き終えた敦は、おもむろにしゃがんで慣れた手つきで猫を撫で始めた。黙って撫でさせてる猫に、また凹む。
俺が触れようと手を出したら、すすっと後退して逃げ出す態勢に入ったくせに、なんでゴリラはオールOKなんだ!警戒も唸りもせずに、段々とうっとりと半眼になりだしてるよ!
デカい手が優しく撫でるに任せ、それに頭を擦りつける様な仕草をしながら猫はとうとう敦の膝上に乗り上がった。そこをデカい手がするっと胴を掬い取って、流れるような手際でキャリー・バッグに収めてしまった。
おお!と周りから小さな歓声が流れ、俺はぎょっとして周りに目をやった。
そこで、通りかかりの人達の視線を集めていたことに驚き、ついでにスマホを掲げて何やらしていた女子中学生の集団から目を逸らした。
「さて、佳奈の所へ向かうが、お前はどうする?」
「俺も後を追いかけるよ。一応は拾った責任があるしな」
俺の返答に頷いた敦は、またのっしのっしと路肩に駐車していた小型軽へと戻って行き、後部座席にキャリー・バッグを積んでから運転席へとにゅるっと収まった。
……。あの狭い中に、どうやって入ってんだ?窓から見えるゴリラは妙に前かがみだった。
結果から言おう。飼い主からの保護依頼は届けられておらず、動物病院の助手さんが気を利かせて近辺の獣医に連絡を入れてくれたが、どこも同じく「来てないよ~」だった。
迷子じゃないなら、捨て猫か?
「時々いるのよ。無責任な飼い主が。急な転勤なんかの引っ越しで、貰ってくれる人やペットOKな物件が見つけられずに外へ放置して行く人!捨て猫は罰金刑なのに!」
俺より頭一つ分小さくて、でも俺より年上の佳奈ちゃんが白衣姿で憤っていた。台の上で震えて大人しくしている猫を診察しながら小声でぶつぶつと呟く内容は、確かに動物好きな俺や獣医の佳奈ちゃんに怒りを湧かせる。そうと断言できる確証が見つかった訳じゃないけど、猫の種類と痩せ具合、でも食いなれない物は口にしなかったことで免れた虫を確認し、そして人懐こさが決め手となって以前は飼い猫だったと分かった。そうとなれば、迷子以外の理由で半野良となる理由は見えて来る。
「でも、それなら愛護会とか保健所とかさ…」
「忙しくて面倒とか自分の手で殺処分するみたいでイヤだって人が多いのよ。保健所だって即処分じゃないのに。今はちゃんと愛護団体へ回されたり、飼い主募集のサイトや譲渡会を開催したりしてるのよ?なのに!」
佳奈先生…診察台の上に、小さな水たまりができてます。それ以上の恐怖を与えないで下さい。次は、失禁が待ってます。
栗色に染めた長い髪をダンゴに結んで、綺麗なリボン(後でシニヨンだと知った)で整えた下には、目尻の切れ上がった一重の眼が怒りにさらに吊り上がっていた。兄と正反対な凛々しく涼し気な美人なのに、捲り上げた白衣の袖からしなやかな筋肉の腕が伸びていた。細いのに、筋肉質…。
「脱水症状が診えるから二日ほど泊めるけど、その後はどうするの?あんたのところって食べ物を扱っているんでしょ?」
「あー…家で飼うのはいいんだけど、無人になる日中がなー」
台所と俺の部屋以外は自由にさせていいが、夏日続きの陽気を考えると閉じ込めておいて大丈夫なのかどうかだ。
「狭い部屋にじゃないんだし、あんたはちょこちょこ帰って来るでしょ?なら、餌と飲み水と清潔なトイレを用意していけば大丈夫よ」
「それなら、家で飼うよ。婆ちゃんがいた頃にも飼ってたから、トイレや猫用の器が残ってるし」
「ああ、そう言えばそうだったわねぇ。ミミはお祖母ちゃんが亡くなる少し前に先に逝っちゃったんだったわねぇ…」
家には、そこかしこにミミの思い出が残っている。爪の痕や納戸に勝手に作られた隠れ家。そして、俺の脛にも牙の痕が。黒茶薄茶が入り乱れた黒サビと呼ばれる、見た目汚い色合いの被毛で、でも俺や婆ちゃんにとっちゃ愛くるしい年寄り愛猫だった。
「元気になったら予防注射とトリミング頼む。その間に必要な物を用意しておくんで、連絡してくれ」
「分かった」
俺の決意が嘘じゃないって、佳奈ちゃんはしっかりと分かってくれている。それなら俺は、家に引き取るための準備をするだけだ。一応は里親探しをするが、長くなれば手放せなくなるだろう。
こいつは、どんな性格なんだろうか。名前は何にしようか。
猫保護なんてアクシデントもあって、僅かの間だけ異世界を忘れていた。
しかーし、ヤツはただの猫じゃなかった。
俺が営業に出ようとすると、なぜか自分からキャリー・バッグに入り、可愛らしい催促声を上げて俺の動きを止めた。始めは無視して出かけたが、毎日毎回やられると団々と絆されて来るもので、一週間を過ぎた頃にはキャリー・バッグごと運転席の下に積み込んでいた。
そして、キッチンカー『デリ・ジョイ』に看板猫が現れるのだった。
誤字訂正 4/3




