親友たる二人に告げる、残念なお知らせと残念な俺
2話更新
こちらは2話目です。1話目がまだの方は前に戻って下さいね。
晴天の下、営業へ向かうための準備を始める。生で使う野菜なんかは、少しでも鮮度の高い物を使いたいから、小まめに購入して使い切る。下拵えまで終えた品や煮込むだけの鍋を積み込んで、近くの農家さんへ顔を出す。
昔からご夫婦二人で細々と畑を耕し続けてきた農家さんで、今ではこの辺りに一軒しか残っていない。ただただ動けなくなるまで耕す!とご夫婦揃って口にしていて、その意気込みと物の味に惚れてお願いしている。
「おはようございまーす。透瀬でーす!」
天気の良い早朝はすでに畑に出ているから、家には寄らずに畑脇の道にキッチンカーを停めて声をかける。
するとサヤエンドウの支柱の群れから、可愛らしいプリント柄の農帽をかぶった奥さんが、ひょっこりと顔を出した。
「了ちゃん、ちょうどいいとこに来たわ!コレ、最後だから持ってって!」
見れば、育ち切ったサヤエンドウが籠の中に山となっている。こうなると筋も外皮もしっかり厚くなってるから、下処理を手抜きできない。もう、暇を見ては丹念な筋取り作業だな。
「あと、キュウリとオクラと―――」
「おら、こっちも持っていけ」
バックドアを上げて空箱にサヤエンドウを流し込んでると、その横から胴間声と共にひしゃげた段ボール箱二つが積み込まれた。土に塗れた作業服に日焼けした親父さんが、箱の一つを開けて中を見せてくれた。
見ればきゅうり。別名『おばけきゅうり』とこの辺りじゃ呼ばれる、商品にならない極太で皮が厚く長いきゅうりだ。こいつは、サラダの時に薄切りにして横に添えたり、輪切りにしてポテサラに入れたりするきゅうりには向かず、漬物や千切りにして混ぜ合わせて使わないとならない。中華風味サラダや酢の物、後は浅漬けだな。いっそ割りばしに突き刺して一本漬けにするか?めちゃ食べ応えありそうだが…。
「はいよ。オクラ」
オクラも、育ち過ぎは怖い品である。食べ頃を過ぎて育ってしまうと筋張ってしまってマジで食えない。スーパーの特売で、妙に太く形がしっかりしていて緑鮮やかな場合は注意されたし。時間をかけて茹でて、みじん切りにして料理に使うしかない。
「かよ子さん、オクラはあとどれくらい?」
「そーねぇ…今週いっぱいかしら」
それを聞いてスマホのスケジュール管理にメモしておく。おばけきゅうりに関しても記載しておいて、終わり時期を明確にしておく。この農家さんで仕入れできなくなった物は、近くの八百屋にお願いしている。
あちこち飛び回らないといけない仕入れだが、以前の弁当屋でお世話になっての縁続きだ。皆が火災を心配してくれて、弁当屋の店主夫婦に火事見舞いを出してくれた。そして、俺が開業するって話をした時に、皆が協力を申し出てくれた。この人たちが居なかったら、絶対に営業できなかっただろう。
縁ってのは、本当に得難いものだよ。
結ぶことは簡単でも、長続きさせるのは至難の業だ。信用で成り立った縁が信頼に変化して、でもそこで満足して真っ当な付き合い方を忘れると、縁の結び目は簡単に解けてしまう。そこが縁の切れ目と呼ばれる地点なんだろう。
だから大事にしないと縁は続かない。
◇◆◇
中井たちが俺の家へ暑気払いに来てくれた日から数日後、久しぶりに俺の定休日に合わせて休みを取ってくれた彼らを、この間の見舞い返しを兼ねて俺の奢りで焼き肉屋へご招待した。ここも俺が仕入れをしている肉卸しさんが経営している焼き肉屋なんで、日頃のお礼も兼ねて予約した。
肉だ肉だ!と次々とロースターに広げて、旨い美味いと口へ放り込んでいく俺たち。ただし酒は注文したヤツが自分で払うこと。それが俺たち三人の間の暗黙の了解。飲めない俺が、理不尽な思いをしたりしないようにってことらしい。こういう気遣いは嬉しいよな。飲む方だって変な気を使わないで好きなだけ飲めるもんな。
で、腹一杯食ったところで、ぼそぼそと理由から話し出して最後に結論を伝えた。
「と、いうわけで、ご対面は叶いません。期待させてすまん」
毛羽立った畳に後ろ手を付いて窮屈そうな腹を伸ばしながら、中井が酔いの回った垂れ目を眇めてニヤリと笑った。
「縁ねぇ…」
「何か、悔しいーっ。透瀬との縁って言ったら、私と中井の方が長いのにーっ!」
素面では冷静かつ冷淡扱いされがちな野々宮さんは、酔いが回ってくると感情的になる。それがまさに今、姿を現して抗議してきた。
「た、確かに俺とお前らは長いけど、あっちの奴らと直接的な縁があるわけじゃねぇからさぁ…こればっかりは、どうしようもねぇ」
「―――つまりだ、顔合わせは無理だが、了の後ろでその様子を眺めてることはできるってんだな?」
「うー…うん。たぶん、お前らの目には外の風景の中に俺が顔を出してるようにしか見えないと思うんだが…」
くいっとビールのグラスで口を湿らせ、後ろへ反っていた体を起こしながら中井が、またニヤリ。
「じゃ、見学させてもらおうじゃん。んで、あちらの世界から証拠になる物を貰えばいいんじゃね?」
「あ、そっか~。事前に透瀬が何も持っていないって確認して、そっから始めて――――でも、こっちに存在しない物はこっちの物に変化して、存在する物はそのままって話だよねぇ…」
う~んと唸りながら腕を組んで考え込み出した酔っぱらいお嬢さんをちらっと見てから、中井を凝視した。
「…なんで、そこまで拘るんだ?異世界人に会いたいからか?それとも―――」
「どうして、わっかんないかなー。透瀬は!私も中井もね、透瀬の話を信じたいのっ。異世界人がキンパツの猫耳だろーが、オッドアイのイケメンだろーが、そんなことどーでもいいのっ!でもさ、異世界だよ!?この現実世界じゃないんだよ!?隣りの家に子猫が生まれたって程度の話じゃないんだもん。そう簡単には頷けないんだよ!もーっなんで分からんかなーっ」
分んねぇよ…。どうせ二人には見えない世界なのに、何をそういきり立って訴えてんだよ…。
俺はそんな風に感じながら力説する野々宮さんから視線を逸らし、誤魔化すために半焦げで放置されていた肉を口へ放り込んだ。
「あのな、チョリも俺も大切な親友として了が心配なんだよ…これなら分るか?」
中井の一言が俺にヒットした。飲み込みかけた肉が、瞬時に俺の口から発射されて、すかした表情の中井の額に張り付いた。その間の俺は、とにかく涙目で咽まくって咳込み、畳の上で悶えまくっていた。
「そ…その台詞は…野々宮さんに言って…ほ、欲しかった!なんでお前らは、俺の前だと立ち位置が逆なんだ…げほっ…中井!気持ち悪いぞ!」
アワアワしている野々宮さんの横で、中井はゆっくりと額から俺が飛ばした肉片を毟り取ると、もっと目を細めて凍った悪魔の微笑みを浮かべた。そして、ロースターを迂回してじりじりと這いながら寄ってきた。
「そりゃ、大事な大事な可愛い了ちゃんが理解できるように、とっても分かりやすく言ってあげたんだが?理解できたかー?この頭はっ!!」
ぜいぜいといまだ咽ていた俺の額に、痛烈なデコピンが炸裂した。
いってーーーーーっ!!なんで?俺が悪いの!?肉を飛ばしたせいか!?なぁ、誰か俺に教えてくれよ!!




