34話 好敵手
下方から降り注ぐソフィー機のPPMGの弾丸を回避しながら、ジキルの攻撃をやり過ごす。
正直防戦一方で攻撃に回れない。唯一の攻撃の機会と言えば、ジキルがフォトンブレードを振りかぶりながらすれ違う一瞬のみ。
今まさに、そのジキル機が俺に肉薄していた。
スロットルレバーを引き戻し、急制動を掛ける。VR機器からはバイタル異常を示す警告音。
そのジキル機が振るうフォトンブレードの切っ先を間一髪のところで避けたが、ソフィーがその回避先を読んでPPMGのビーム弾を発射する。ジキルは速度を維持したまま後方へと飛び去って行った。
だが、その射撃の正確さが返って仇となる。俺はそのビーム弾に向かってフォトンブレードを振るった。
剣先に当たったビームは分裂して四方八方へ拡散していく。
『ああー、ジキルと同じことが出来るんだ。君になら任せていいかな?』
「何をだよ」
『決まってるでしょー。ジキルのこと。それに、どうやらお客さんが来たみたいだし……!』
大口径の弾丸発射時の音を響かせながら、ラミンダがソフィー機に向かって突き進む。
ホリーが援護に駆け付けたのか。だとすると、ソフィーは彼女に任せていいかもしれない。
『ユウたちの邪魔をしないで』
『邪魔したくてしていたんじゃないしー。でも、彼、見込みあるよ? それよりもホリーもさ、さっさとやられちゃいなよー』
『お断りするわ。あいにく悲劇のヒロイン役は嫌というほど経験したことがあるの』
下方で弾丸と会話のやり取りが行われている。
ホリーになら背中を任せられる。伊達に今まで彼女と共に窮地を乗り越えてきたわけではない。
ジキル機がライフル弾をダブルタップ射撃する。俺は回避行動を取りながらアサルトライフルの弾丸を放ち、彼に接敵する。
『そうだ、それでいい。この時をずっと待ち侘びていた……。俺を楽しませてみせろ、ユウ』
「お望み通り、ジキルのライバルをやってやるよ。トップランカー? 知らんな、そんなもの。雲の上で胡坐をかいてるっていうなら引きずり落してやるぜ」
『ぬかせ』
フォトンブレード同士が接触し、火花をまき散らす。その瞬間、俺は腰部ラックにアサルトライフルを取り付け、左手で予備のフォトンブレードを引き抜いた。
フォトンブレードの起動音を聞いたジキルはすぐさまライフルで俺の機体の左手を狙う。
数発の射撃音。それと共に、フォトンブレードを持っていた左のマニュピレーターがひしゃげてフォトンブレードを手放す。そのフォトンブレードは回転しながら地表へ向かい、落下していった。
「ジキル。俺にはもうフォトンブレードしか頼れるものはない。だけど、手心を加えるなよ」
『言うまでもない。全力で行かせてもらう』
「それなら、俺を追い詰めてみせるんだな!」
ジキル機から離れ、俺は回避機動を取る。
空には2機のスラスターの光により、幾何学模様が描かれていた。
しかし戦況は悪い方へ傾く。
ジキルのライフル弾を切り払ったり、回避したりしながら反撃の機会を窺っていたが、中々反撃の機会は訪れなかった。
それでも俺は、無理をして彼に接敵する。
その選択は悪手であった。
接敵時、フォトンブレード同士が接触したが、彼はその刃を滑らせて俺の機体の左肩とフライトユニットの羽を切断した。
左腕はともかく、フライトユニットの損傷が痛い。揚力を失ったそれは、飛行時のパフォーマンスに悪影響を及ぼす。
一先ず姿勢を何とか制御しながら地面へ着地し、フライトユニットの羽部分をパージする。
ジキルは空中で旋回しながらこちらに向かって突撃してきた。
チャンスは一度きり。やるしかない。
俺はまず右手に持っているフォトンブレードを空高く放り投げ、予備の2本目のそれを低めに空中へと投げた。そして3本目を引き抜く。
ジキルがライフル弾を3発発射しながら接近してくる。しかし、俺はこの場から動くわけにはいかない。その弾丸を2発切り落とすが、1発は右脚部に命中した。それでも、今は耐えるとき。
ジキルがフォトンブレードを振りかぶったタイミングに合わせ、俺は手に持つフォトンブレードを彼に向かって投擲した。彼はそれを切り払い、フォトンブレードはモニター外へと弾き飛ばされる。
そして2本目のフォトンブレードが落ちてきて右手でキャッチしたところで、俺は再び投擲――しようとする。
しかしジキルは空中に浮かぶ3本目のフォトンブレードを注視していた。その目の良さが仇となる。
俺は投擲せずに、フォトンブレードを振り下ろし下段構えにしたままフットペダルを踏んでスラスターに点火した。フライトユニットの羽がないために機体の制動がままならない。
それでも、この刃だけは彼に届いて欲しかった。ゲームをやっているのにつまらなさそうな顔をするなよ。楽しんでいこうぜ。
その想いと、フォトンブレードがジキルに届いたのを確かに確認した。
* * *
遠くで爆音がした。
どっちがやられたの? ジキル? それとも、ユウ……?
そんな思考はすぐさまPPMGの発射音により拭い去られ、意識は現実へと引き戻される。
『あー……。うっそー? マ?』
そのソフィーの音声に疑問を抱いた私はレーダーを見る。そこには私たちのもとへ接近する青い点が1つ。
ユウだ。ユウがジキルに勝ったんだ!
『ホリー! 説明はあとだ! 俺の機体も限界が近い。オーバーライドを使用してギリギリ動かしている』
「分かったわ」
事実、彼の機体にはフライトユニットの羽部分と左腕が付いていなかった。左肩部から火花が飛び散っている。
だけど、彼が駆け付けてくれたという現実が私の気分を高揚させる。この勝負、負けるわけにはいかない。
『そっかー。ジキルが負けたかぁ……。こんなことお願いするのも変かもしれないけどさー、彼の事お願いね。ジキル、HL杯で勝ったら引退も考えていたんだ』
『そうなのか。遊び相手くらいにならなってやるよ、だから――』
だから今回は勝たせてくれ。彼はそう話を続けた。
ユウはスラスターと脚部損傷により飛行こそできないものの、地上を縦横無尽に駆け回って囮を買って出てくれた。ソフィー機からPPMGのビーム弾がユウに向かって何発も撃ち込まれる。
そのユウの陽動が功を奏したのだろう。ソフィーの機動が等速で一直線になりだした。
好機。私はスナイパーライフルを敵機ジェネレーターに向けて何発も撃ち込む。そのソフィー機の露出したジェネレーターが悲鳴を上げていた。
『いやー、楽しかったよ。本当に』
『こっちは冷や汗が流れっぱなしだったけどな。なんだよあのジキルの強さ』
「本当にね。ゲラルドが一瞬でやられてしまうし」
そう軽口を交わしたところで、ソフィーがベイルアウトするのを私たち2人は見届ける。
リザルトが表示されたところで、初めて観客席から歓声が響き渡っていることに気づいた。
* * *
名目上は俺がパーティリーダーということになっているので、表彰台でHL杯のカップを受け取る。
隣にいるホリーらが何やらとんでもない金額の書かれた、大きな小切手のようなボードを手に持っていた。
いくつかの報道機関の取材に数言答え、受付広場経由で一旦格納庫へと避難する。
そこにはジキルらの姿が。
「……ユウか」
「お疲れさん。もう引退するなんて言い出したりしないよな?」
その言葉を聞いたジキルがソフィーを一瞥する。
ソフィーは鳴らせもしないのに口笛を吹く素振りを見せる。その口笛の腑抜けた音が鳴り響く。
「今回の件で新しい発見があるということが分かった。辞めはしない」
「それを聞けて安心した。まあ、なんだ。フレンドコードでも交換しとくか?」
ジキルは一考する。
「断る」
「そうか。まあ、無理強いはしない」
「いや、言葉足らずだった。そういう意味ではない。慣れ合いは切磋琢磨の機会の損失に繋がると言いたかったのだ」
「ああ、そういう事か」
「ジキルは勘違いされやすくてねー。って訳だから、気にしないでね」
「おーう」
ソフィーがそう言い残し、ミリオンダラーのメンバーらはログアウトしていった。
そのログアウト時の光を見たミリアが一言。
「私、全然役に立てなくてごめんなさい」
「そんなことはないわ。貴方のお陰で私たちは勝てたのよ」
「まさにその通り。俺なんでやられてばっかじゃねぇかよ。何だよECMって。役割を代わって欲しかったくらいだぜ」
「ゲラルドは道化を演じているくらいで丁度いいんじゃないか?」
「冷たい奴だなぁ」
その言葉とは裏腹に、豪快に笑い声をあげるゲラルド。
「決勝戦はゲラルドが試合展開を決定づけてくれたの。貴方はよくやったわ」
「ホリーの優しさが染み渡るぜ。良い時間だし俺はこのまま落ちる。じゃあな」
「私も落ちますね。賞金かー、何か美味しいものでも食べに行こうかな」
ゲラルドとミリアはそう言い残しログアウトした。
格納庫には俺とホリーの2人の影。
「ユウ、ありがとう。貴方はいつも私に新しい世界を見せてくれる。だから――」
彼女は目を伏せながら会話をする。
「だから?」
「私たちを連れて行ってよ。空を飛んで、地平線のその先へ。あっ、そうだ。賞金の件だけど、確定申告は忘れずにね」
ホリーは笑みを浮かべながらログアウトする。
俺1人残っていてもしょうがないな、ログアウトしますか。
次の瞬間、視界が真っ白に染まった。
◇
後日、VR機器にメールが届いており、賞金の受け取り手続きをすることとなった。
その後、銀行からスマホに電話が掛かってきたものだからびっくりした。何でも、その賞金とやらは額が額なので数口に分けられて口座に振り込まれるらしい。ちなみに賞金はコントレイルの面々で等分した。銀行員に税金の件と投資信託の件の話もされたが、投資信託の件はスルーしておいた。
そんな一騒動もありつつ、日常が再び舞い戻ってこようとしていた。
* * *
時は戻り、HL杯の決勝戦終了後。
「どう思う?」
「近々あいつらと接触する機会が出るだろう。その時を待つ」
「そう。そして教えてやるのさ。何も大会だけが対人戦をする場ではないことを」
観客席で何やら囁く人影が複数。
次回、第4章。




