18話 夕日
助けてくれ。
『ホリーさーん。機嫌直してくださいよー』
『――何のこと? 別に私は不機嫌じゃないわ』
はい、これです。
現在進行形でホリーの機嫌が悪くなっております。たすけて。
VR機器の機能をフル活用した表情シミュレートの精度は伊達じゃない。モニター越しでも彼女の不機嫌さが十分わかる。
『元はと言えばユウさんが悪いんですよ』
『その通り。ユウ、お前が悪い』
「ええ……」
ミリアとゲラルドが言うには俺が何かをやらかしたらしい。
何のことか分からんから、いっその事聞いてみるか。
「俺が何したって言うんだよ」
『……お前、マジでいってんの? 鈍感すぎるだろ。仕方ねえな、ホリーの代わりに言ってやるよ。お前、さっきソフィーを自分のコックピットに乗せただろ? あとは察しろ。それが出来んかったら俺は同じ男としてお前を軽蔑するかもしれん』
それが原因だったのか。しかし察しろと言われてもな……。
「まあ、なんだ。――ホリー、良かったら一緒にどっか行くか?」
『どうやって?』
「俺のPTトレーナー改修機に2人乗りして、その辺の散歩とか」
しかしすぐには返事は返ってこなかった。
そして無言のままEVACポイントへと到達する。
『行く』
「よし、決まり。じゃあ先にデータ・パッドを渡して報酬を貰うか」
昇降機を呼び出し、俺ら4人はそれに乗り込む。
しばらくしてから昇降機は稼働して地下都市を目指し始めた。
そうして格納庫へたどり着いた俺らは機体から降り、ミッション受付窓口へ向かう。
「お姉さん。サリンダー国からデータ・パッドを持ってきたんだけど、受け取ってくれない?」
「はい。あら、これは……」
受付嬢はインカムでどこかに連絡を入れ、端末を操作して読取機にデータ・パッドを当てる。
その後、メカニックが1人やってきて彼女からデータ・パッドを預かり、彼はどこかへと消えた。
受付嬢と俺らは少し会話した後、入金作業が行われた。俺の口座には大金が振り込まれていた。その額120万BILL。現在の資産は182万BILLとなった。
「じゃあ俺は落ちるわ。ユウ、上手くやれよ」
「私も落ちますね」
ゲラルドとミリアはログアウトをし、光の粒子となってその場から消えた。
俺は恐る恐るホリーの表情を見る。すると先ほどの彼女の不機嫌さはどこへやら、いつもの美人さんがそこにはいた。
「約束、破らないでよ?」
「それは勿論。そんなことをしたらじっちゃんに怒られる」
「そう」
ホリーの口角が若干上がる。
そして、2人してまた格納庫の奥へと向かった。
* * *
私のせいでユウに迷惑をかけてしまった。そう自責の念に囚われる。
もうちょっと感情の制御を出来ないものかな。出来る事ならそうしたいけど、なかなかそれは難しい。
ユウといると感情が強く揺さぶられる時がある。それは良い一面もあれば、悪い一面もある。それだけ私にとって彼は存在感のある何かへと変貌しつつあるのだと思う。
その感情に名前を付けるのは簡単かもしれないけど、まだ名前を付けたくないって思っている自分がいる。
「レディーファーストだ。ホリー、先に乗ってくれ」
「わかったわ」
私はユウのPTトレーナー改修機からぶら下がるワイヤーを掴み、コックピットに入る。そしてシートの裏へと回った。
続いてユウもパーソナルトルーパーに乗り込み、シートに座る。
そしてハッチが閉まった。
『System All Green』
ユウは慣れた手つきで操縦桿とスロットルレバーを操り、昇降機へと向かう。
そしてそれは稼働した。
「ホリー、どこか行きたいところってあるか?」
「そうね……。誰も居なくて、景色が良いところかしら」
「了解」
地上に出た彼はゆっくりとスロットルレバーを押し込む。
シートの後方にいる私に気を遣って急加速しないようにしてくれたんだ。本当にそういうところよ、って心の中で彼に軽く愚痴のようなものをこぼす。
ユウが1人なら今頃空を飛んで、宙返りとかして、デクストや武装盗賊団を倒して――そういうVRMMOの本来の遊び方をするのだと思う。
でも今の彼はフットペダルを踏む様子すら見せない。
……女性と縁が無いというのは本当なのかしら? 単純にユウが鈍感なだけなのでは、とさっきのやり取りのせいもあってそう思ってしまう。
ユウが学校の友達だったらとか、仕事仲間だったらって思うことが結構ある。
もしそうなら私の眼前には色鮮やかな景色が広がるのだろう。
一方で、彼と出会わなければよかったって思うこともある。
だって、私たちの関係はただのゲーム友達だから。
ここにいる私とユウは単なるポリゴンの集合体に過ぎない。
機体は傾斜が急な坂をゆっくりと登る。
急坂を登り切ったところで、彼はゆっくりとスロットルレバーを戻して機体を停止させた。
「――綺麗ね」
「そうだな」
モニターの向こうには花々、草木、魔晶石の煌めき、地平線に差し掛かる夕日が広がっていた。
絶景だった。
暫くその景色を眺めていると、彼がシートベルトを外して後ろにいる私を見てくる。
「……何?」
「いや、なんていうか――何、これ、言わなきゃ駄目なやつか?」
「そうね」
彼は頬をかきながら拙く言葉を紡いだ。
「……いや、後ろにもいい景色が広がってるなって思って」
「なにそれ。――冗談よ。大丈夫、伝わってるから」
後ろにモニターはない。
だから彼が言う『いい景色』というのはつまり――うん。つまり、そういうことなのだろう。
私、にやけてないよね?
そんなことを考えていると、機体はゆっくりと動き出してEVACポイントへと向かった。




