12話 情報
「そ、そんな……」
先日地上に建てたログハウスもどき、もとい豆腐ハウスはデクストらの手によって見事に破壊されていた。豆腐ハウスだったものにはそこかしこに獣の歯形と爪痕、弾痕が残っている。
こんなボロ家をここに残しておいても邪魔になるだけだろう。そう思いその元丸太だったものをインベントリに収納していく。インベントリ内には『New 残骸×36』という表示とともに新しいアイテムが収納されていた。使い道がないし後で売っておくか、1BILLにでもなってくれると嬉しいのだが。
『やっぱりプレイヤーが地上に家を建てることは現時点では無理なのよ』
「そうなるかあ」
ホリーの言う通り、地上に家を建てて定住するという件は少なくともプレイヤーだけの力では無理そうだった。襲撃してくるデクストや武装盗賊団に対抗すべく、タレットやNPCの力を借りないといけない。
まさにその条件を満たしたA5地点に設置されている前哨基地がどうなっているかというと、プレイヤーがごった返して大盛況となっていた。豆腐ハウスを片付け終えた俺らはその前哨基地の様子を見に行ったのだが、パーソナルトルーパーが何機も出入りしているものだから吃驚した。
『この前哨基地いいな、安全にログアウトできる』
『ほんとだよ。おかげで休憩しやすくなったな』
A5地点は各所に点在するEVACポイントから地味に遠い位置にあり、傭兵たちはここへ来ることをあまり好まない。しかし意地悪なことに、ミッションで良く要求される魔晶石が湧きやすいポイントでもあったりする。しかも純度はそれなりに良い。
BtHOの仕様上、機体はログアウトしてから1分間ほどその場に残る。これはPKerに追われた際にログアウトして逃げたり、またデクストや武装盗賊団を大量に釣ってログアウトして他のプレイヤーに押し付けるという所謂MPKを防ぐための処置と言われている。要するに逃げ得は許さないぞという運営からの無言の圧力である。
前哨基地では簡易的な修理や弾薬補給を行ってくれるそうだ。勿論有料。装甲が抉れた機体をせっせと修理している作業員の姿が見える。
俺らもちょっと休憩するために前哨基地の中に入り、機体をシャットダウンして降機した。
すると1人の作業員が駆け寄ってくる。
「おう。あんちゃんたち、来てくれたか! あんたらのお陰で久しぶりに日光を浴びることが出来たぜ!」
作業員はそう言いながら俺の両肩を掴んで揺さぶる。めっちゃ視界が揺れる。酔いそう。
「昨日ぶりっすね。この基地の様子はどんな感じ?」
「ああ、問題なく防衛出来てるぞ。今朝になって弾薬や物資補充の目途もたった。タレットが外敵を排除してくれるし、弾切れの心配も無くなったってところだな」
「へえ、よかったっすね。建設を手伝った甲斐があったよ」
この作業員のおっさんは昨日建設資材を運ぶ際に色々と補助をしてくれた人だ。NPCにも好感度というものがあるのだろうか、彼は俺のことを覚えていた。
一方で一度も顔を合わせたことのないNPCたちが俺とホリーを見つめていることに気がついた。何故か。理由として思い当たるのは二つ。
一つ目、NPC同士で情報交換を行った説。当時現場に居合わせた作業員たちが他の兵士や作業員に俺ら傭兵のことを伝えた可能性がある。
二つ目、これが厄介なのだが……なんか変な称号を貰った件が関係してそう。その名も『大統領府と懇意になった』という称号。この称号はプレイヤー名の横に表示することが可能。しかし、ホリーとミリアと相談し、この称号は表示しないように設定することにした。なんか悪目立ちしそうだし。
称号を入手した経緯は間違いなくあの大統領、トリスタンらとやり取りしたことが関係しているだろう。アルベルト長官も俺らが困ったときは融通するといっていたし、その辺の事情も関係しているのかも。
俺は補給物資を管理している隊員の元へ行き、代金を支払って水の入った水筒を二つ受け取る。俺はホリーの元へ戻り、左手に持った水筒を手渡す。その時、ホリーの指に俺の指が接触してしまった。
「あっ……」
とはどっちが呟いた言葉だっただろうか。問題はそこではなく、その件がきっかけとなって水筒を手落としてしまったこと。俺はその土のついた水筒を拾い上げる。
「すまん、痛かったか?」
「いえ、痛くはなかったわよ。ただ、ちょっと……うん、ちょっとね」
言葉が曖昧過ぎて分からんぞ。
ラインがどこにあるのか見当もつかない。彼女は平気な顔をして俺の顔に触れることもあったかと思えば、指が接触しただけで委縮してしまうこともある。……今度じっちゃんに頼んで女の子との接し方でも学ぼうかな。
土がついた水筒はインベントリにつっこめば綺麗になるので自分が使うことにした。俺は落とさずに済んだ方の水筒を慎重にホリーに渡す。
「ありがとう。それにしても新鮮ね。地上で機体から降りることになるとは思わなかったわ」
そう言いながらホリーは水筒のキャップを外して、一口水を飲む。俺もインベントリから取り出した水筒を開けて水分を補給した。
遠くから前哨基地に迫ってきたデクストがタレットにより大量の弾丸を撃ち込まれ、ポリゴンの破片をまき散らして消える。
「そうだな。俺にとっちゃ地上で降機するのは若干トラウマなんだが」
「……ああ、あの時の」
自機が破壊されて脱出したものは良いものも、そのあとデクストに食われそうになったからな。そりゃトラウマにもなる。
「私の為に無茶はもうしなくてもいいのよ?」
「それは無理な注文だな。似たような場面に出くわしたら多分俺はまた同じことをするよ」
「じゃあ私、もっと強くならないとね。ユウに置いて行かれたくないもの」
とある傭兵が光の粒子を纏いながら目の前にログインしてきたかと思えば、すぐさまスラスターを点火して前進し、前哨基地から出ていく。土砂が巻き上がりこちらに飛んできたので、それらがホリーに当たらないように俺は壁となった。
「……絶対に嘘よ」
「何がだ?」
「さあ、何のことかしらね。ユウ、建物の中に入りましょう? 兵士さんに頼めば入れてくれると思うわ」
俺はホリーに手を引かれながら建物の中へと向かった。なんで指が当たるのはアウトで、手を掴むのはセーフなんだよ。正直ホリーに聞きたかったが、じっちゃんが『レディは秘密が多い、繊細な生き物なのじゃ』って言ってたのを思い出したのでやめておくことにした。
建物の前を徘徊している兵士にお願いして、俺らはその建物の中へと入った。その建物は兵舎だったようで、多数の兵士が各所に居た。室内には大きなテーブルと長椅子、簡素な造りのベッドが複数にちょっとしたものを置ける棚がある。一人の兵士に、火器が立てかけてあるところには近づかないようにと一言添えられた。
ホリーと会話でもして暇つぶししようかな、とか考えていた時のことである。とある兵士の会話が耳に入ってきた。
「――だってよ。大変だな、サリンダー国は」
「確かに。あそこは砂漠地帯だって話だろ? パーソナルトルーパーじゃまともに戦闘出来ないだろう。現に今も傭兵がいない状態で地下都市を守っているそうだな」
ホリーもその兵士たちの会話に耳を傾けている。しかし盗み聞きしっぱなしというのも相手方に悪いだろう。俺は席を立ってその兵士たちの元へ行き、『相席いい?』と問いかける。彼らは快諾してくれたのでホリーと共に長椅子に座った。
「ちょっとお兄さんたちに聞きたいことがあるんだけどさ、サリンダー国って何?」
「ん? 傭兵らは知らないのか?」
「少なくとも私たちは初耳ね」
俺とホリーは目を合わせて無言のまま視線で意見交換するが、お互いにサリンダーという単語に聞き覚えがないことを確認した。
「南西の方に砂漠地帯が広がっていてな。その中心に地下都市ファリアとは別に他の国家が支配する地下都市があるんだよ。その都市の名前はバランガード。サリンダーって国が統治している。傭兵がいないっていう点以外は俺らがいるベラル国と大差ない」
「へえ、初めて聞いた」
ホリーが兵士たちに聞こえないように耳打ちしてくる。
「ユウ、どう思う? 私は運営のミスだと思うのよ、これ。先に一部データだけパッチを当てちゃったけど、まだ実際にはその国家は存在しない。そんなところ」
俺は彼女の言葉に頷いて返事を返した。
再び兵士に質問を開始する。
「南西っていうとA10あたりからいけるってことか?」
「傭兵のパーソナルトルーパーなら行けるだろうな。ただ俺らみたいな一兵士には無理な話だ。あっちにはEVACポイントがないから安全に地下都市に辿り着くための足がない」
そうか、そもそも地上に出る傭兵がいないからEVACポイントを設置してないのか。そうなると魔晶石などのエネルギー問題はどうしているんだろうか、NPC自体が外に出て回収しているのかな。だとすると帰還するためのEVACポイントがないというあべこべな事実が頭に引っかかる。兵士が言うにはEVACポイントはNPCでも使えるらしいし。
「そりゃ大変だな」
「ああ、大変なんだよ。俺らより向こうの方が大変らしくてな、物資が枯渇しかけているそうだ。だから地下都市バランガードに向けてベラル国がキャラバンを組もうって話が出ていてな」
「ふーん。その時は俺らも手伝おうか?」
「傭兵がか? パーソナルトルーパーで? 無理無理、砂漠の砂地はとてもじゃないが、パーソナルトルーパーじゃまともに歩けんぞ」
「じゃあ飛べばいいな。問題解決」
兵士らは『何言ってんだこいつ』と、今にも言い出しそうな表情を浮かべていた。だって、砂漠地帯って歩きにくいんだろ? なら飛べばいいじゃんってなるのは言わずもがな。
「ユウ、貴方ねぇ……。ミリアとゲラルドはどうするのよ? あの子たち、飛べないわよ?」
「ゲラルドには飛び方をマニュアル化したものを後で送っとく。あいつソロで遊んでいることの方が多いみたいだし。ミリアはシミュレーターで特訓だな。ホリーなら飛べない理由とか気持ちとか分かるだろ? アドバイスを手伝ってくれると助かる」
「ミリアを泣かせるような真似はしないでよ?」
「勿論。あの子も立派なレディだからな」
俺は端末を操作し、BILLをいくらか硬貨に変換して兵士らに渡して席を立った。彼らは口笛を一吹きして俺らに礼を言う。
そして俺らは兵舎を出た。




