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天狗の業火

 火は御神木から周囲の木々へ、さらには本殿へと移り始めていた。

 建物の一部か木の枝か何かが崩れ落ちたらしく、がらがらと盛大な音を立てる。炎がぶわりと波立つ。

 この様子では祠はすっかり燃え落ちてしまっているだろう。まだ詳細な捜査もできていないというのに。

 空須は唇を噛んだ。


「応援はどうなった!?」


 祠の近くにいたはずの真縁たちは、既に前庭まで避難していた。青年団たちが慌ただしく消火栓にホースを繋いだり、手水舎と火元とを往復してバケツの水を運んだり、社務所で埃を被っていた消火器を引っ張り出したりしていた。付近の農家からも何人かが騒ぎに気付いてやってきたらしく、大わらわで彼らを手伝っている。

 空須は頭を振った。


「駄目です、昨日の豪雨で土砂崩れが起こっていて、すぐには来れそうにないと」


 真縁はくそッと舌打ちすると、空須を大振りで手招きした。


「とにかく、お前も手伝ってくれ!」


 空須も悪戦苦闘しながらも消火活動に混ざり、ようやく鎮火した頃には朝の六時半ごろになっていた。明松に叩き起こされたのが未だ夜明け前で、三時半ぐらいだったはずだから、それからもう三時間も経っていることになる。すっかり昇った陽に照らされて上昇した気温と、動き回って上昇した体温のせいで、水を浴びたように汗まみれだ。気力も体力もすっかり摩耗しきっていた。

 結局、御神木と周囲の樹木が数本全焼し、本殿も一部焼失する有様だった。御神木の根元にあった祠も当然その対象になっており、建物があったところには黒焦げの木片が散乱していた。御神木から崩落してきたであろう大きな木の枝が、祠を押し潰してしまったらしい。祠の周りに広がっていた”天狗の通り道”も、いまや炭の一部に成り果てていて、どれが木片でどれがイシクラゲかも判然としない。


「これはひどいわね」


 空須の隣に立った天宮が呟いた。まだところどころで火がくすぶっているらしく、現場の熱気は前庭よりも一際強く感じられた。

 流石の天宮もハンカチを口許に当てている。


「それにしても、かなりの量の燃えカスね」


 手袋をした彼女は木片を拾い上げると、それを色々な角度から眺めては、元に戻すのを繰り返している。


「まあ、無理もありませんよ。あれだけの大木が全焼したわけですからね」


 空須が見上げた先にはもう緑の天井はなく、絵具を塗ったように均一に薄水色が広がった空をそのまま望められた。葉をすべて失い、幹や枝の肉も削ぎ落された御神木に威厳は微塵も感じられない。骨だけが残ったただのみすぼらしい枯木である。


「それにしても、一体どうしてこんなことになったんですかねえ」


 汗を拭った空須の背後から、半笑いの意地の悪い声が聞こえてきた。

 振り返ったそこには、やはり例の記者――飛の姿があった。


「あ、貴方は……。一体どこから嗅ぎつけたんですか」


 飛は万年筆を回して卑屈そうにくくっと喉で笑う。

 

「あれだけの騒ぎになってたら、どんなボンクラでも嗅ぎつけるだろうよ。火事のことはもう村中に知れ渡ってるんじゃねえかな」

「火事の他に、何か聞きましたか?」

「ああ、あの婆さんがそこで騒いでたからな。あの女子は罰を受けたとか天狗様の怒りだとか……」


 彼が顎で示した先には、駐在所で待っていたはずの明松の姿があった。消火の後片付けをしている青年団を掴まえては、天狗がどうのと喧伝して回っている。青年団の彼らもまともに取り合おうとはしておらず、ため息交じりの空返事をしている。


「ちょっと明松のお婆ちゃん、待っててって言ったじゃない。どうして来ちゃったの」


 真縁が駆け寄って彼女の相手をする。


「どうしても何も、あんたのところの若いのが血相変えて戻ってきたかと思ったら、どっかに電話してすぐ行っちまうもんだから、いてもたってもいられなくなっちまったんだよ」

「ったく、あいつは」


 慌てて空須は彼らから視線を逸らした。間違いなく、真縁は今彼の姿を捜したはずだ。目が合ったらまた怒られそうだと、空須の危機察知能力が反応したのである。


「青年団の方から少し聞いたんですけど、空須さんが私を呼びに神社を離れた間に、真縁さんが何者かに襲われたってことなんだよね?」


 火事場を調べていた天宮が空須たちの許に戻ってきた。

 空須は神妙に頷く。おおよその内容は鎮火した後に真縁から聞き出していた。

 現場を見張っていたのは真縁と青年団のリーダー格である比良だった。気分が悪くなったという飯縄は顔を洗いに、彦山はトイレに向かったらしい。花田兄弟は家から持ち出してきた電動のこぎりを戻しに行ったのだそうだ。それから数分としないうちに、真縁と比良は背後から殴られて昏倒してしまったという。

 飯縄に起こされて目が覚めたときには、御神木から火の手が上がり、その火が祠に移ろうとしているところだったそうだ。


「でもう~ん、気になる、気になるなあ。この事件の犯人は、とんでもなく手間のかかることを何度もやってるよね。最初にまず完全に密室の祠の中で、名神さんを殺害してる。そのあとに突如として現れたイシクラゲ。自然現象とは思えないから、犯人が撒き散らしたんだろうけど、一体何のためだろう。それに、警官を殴り倒してまで現場を燃やしてしまうなんて……。それだったら、彼女を殺した時点で燃やしたら良かったんじゃないのかな」


 天宮は首を捻りながら長考している。

 空須はそこへ疑念を投げ込んだ。


「実は、貴女をここへ呼んだのは、単に名神さんの死体が見つかったからだけじゃないんです」

「というと?」


 無垢な目つきで空須を見返す天宮に、彼は喉まで出かかっている言葉をそのまま口にしてしまおうかどうか、逡巡した。しかし、ことは殺人事件である。無残な名神の姿が想起されて、彼は意を決した。


「天宮木の葉さん、犯人は貴女なんじゃないですか」

「ほっほー、どうして?」


 隣で聞き耳を立てていた飛だけでなく、天宮さえも疑われている張本人だというのに、どこか面白そうに続きを待っている。


「だって、どう考えても怪しいじゃないですか。名神さんの捜索願は警察には出されていないのに、急に探偵と名乗る人間がやってきた上、彼女を捜していると言い出した昨日の今日で死体が見つかるなんて。おまけに天狗伝説の村に来たその探偵の名前が天宮木の葉でしょう。出来すぎてますよ」

「なるほどなるほど」


 肩透かしな反応で、空須にはまるで独り相撲でもしているかのように感じられた。


「貴女はこの村で、まるで天狗が彼女を攫って祠に隠し、そこで殺したかのような状況で死体を発見させることで、天狗伝説に詳しい村の人間に罪を着せようとしたんじゃないですか。天狗伝説や祠の存在については彼女から直接聞き出したんでしょう。この村では余所者は目立ちます。それが特に若い女性とあればなおさらです。だから恐らく、眠らせた彼女を大きなキャリーケースか何かでここまで運びこみ、僕と会う前に森の茂みの中にでも隠したんでしょう」

「でも空須さん、名神さんの身体は祠の中から発見されたんだよね。その祠は私たちが昨日見た通り、唯一の出入り口は腕が通る程度の大きさの鎧戸のみ。一体どうやって彼女の身体を祠の中に入れることができたの?」

「そんなの――」


 彼は一瞬言い淀んだ。それが一番の問題なのだ。だが、彼はこの問題に対して、未だにきちんとした解答を得られているわけではなかった。

 それでも、ここまで言ってしまったからには、見切り発車でも列車を進めるしかない。


「そんなの、どうにでもなるんじゃないですか。例えば――例えば、あの祠は床の部分は地面が剥き出しの状態になっています。つまり、外から穴を掘って中に死体を運び込むことは出来るはずです。彼女の衣服は土で汚れていました。その時の汚れでしょう」


 すると腹を抱え、膝を叩いて飛が笑い出した。笑いすぎで涙が出ているらしい。


「何を、何を言い出すかと思えば、こりゃ傑作だあ」


 喋るのも一苦労になっているらしい彼を見て、空須はムッとして、そのまま笑い死んでしまえと内心で毒づいた。

 笑い疲れた彼は、途切れ途切れになりながら空須の推理を小馬鹿にし始める。


「確かにこの女は怪しい。それは俺も認める。だがな、そいつは無理だ。この辺の地面は乾いて固い状態なんだぜ。おい、誰か、シャベルかなんか貸してくれないか」


 飛が周囲に声をかけると、天宮がハンドバッグからすっと小型のスコップを取り出して手渡した。

 受け取った彼はそれを使って力いっぱい地面を掘ろうとしたが、地面は固すぎてスコップはつま先程度の深さしか刺さらない。


「見ろ、これじゃあ祠の中に通じるトンネルを掘るのに、一体どれだけの労力がかかる? 女ひとりじゃ昨日今日で出来る代物じゃねえ。おまけに掘った後、死体を祠の中に入れたら、それを埋めなおさなきゃならねえが、犯人自身は祠から出る必要があるから、祠の中に作った出口の穴を丁寧に埋めて均すなんてことは出来ねえだろ。だが、焼け跡の地面に気になる痕跡はなかった。つまり、あんたの推理は的外れってこった」

「それならこういうのはどうですか。祠の床は地面剥き出しの状態なんですから、あの建物は、地面の上に載っているだけだったわけです。つまり、犯人は一旦祠を別の位置に移動させて、死体を天狗の像の傍に置いた後――」

「いやいや、もう冗談は結構。そのあとまた祠を元の位置に戻したから密室になったってか?」


 飛は手を振った。


「そりゃあもっと無理だな。焼け跡からも判るだろ」


 彼は焼け跡の地面を指さした。厳密に言うと、彼の指先は地面に埋まっている木片を示し、その木片を辿るように指を動かしていった。木片は丁度祠のあった位置に正方形を描いている。


「祠はただ地面に載っているだけじゃねえんだよ。壁の部分は結構な長さが地面に埋まっていて、ちょっとやそっとじゃ動かすなんて芸当はできねえようになってる。ついでに言えば、祠の壁だの天井だのが外れるようになってて――ってのもないな。昨日この俺が直々に確かめたから間違いねえ。結局あんたの推理はお粗末で、お話にもならねえってことだ」


 それなら――と続けようとした案までも、自分の口から言い出す前に飛に否定されてしまう始末だ。とはいえ確かに、壁や天井がそんなに簡単に外れるようになっていたら、死体発見時の祠が揺れた珍事でその細工が露呈していたことだろう。

 あまりにコケにされてしまい、空須は肩を落としたが、そこへ天宮が手を叩いて会話に入ってきた。


「まーまー、なかなか面白い話だったよ。空須さんの視点からだと私が疑わしくなるのは無理もないしね。実際、天宮木の葉って偽名だし」

「は?」


 空須は弾かれたように目を丸くして彼女を見た。


「それはそうでしょう。探偵なんて汚れ仕事するのに、素性を晒すメリットがどこにあるの? 万が一何かあったら、命を狙われるかもしれないんだから」


 出会った時から彼女は嘘吐きだったというわけだ。まるで気取られるような素振りも見せず、さもそれが生まれ持っての自分の名前であるかのように、自身に満ち溢れた顔で、大嘘の名刺を渡していたのだ。

 これだから彼女は信頼できない。空須はまた疑念の眼差しを彼女に向けたが、天宮は苦笑を浮かべた。


「そんなに怒んないでよ。偽名だって明かしたんだから。少しは信用してもらいたいな」


 そうは言うものの、結局本当の身分は明かされていないし、そもそも偽名という話自体が嘘かもしれない。空須はとても彼女を信用することができなかった。


「それにだ。被害者の身体には性的な暴行を受けた形跡があった。女の天宮さんを疑う前に、男の方を先に疑ったほうがいいんじゃないか?」


 背後からそう声をかけてきたのは真縁だった。ようやく明松と話をつけることができたらしい。彼が来た方を向くと、既に彼女の姿はなかったし、喚きたてるような声も聞こえなかった。駐在所か家に戻ったのだろう。


「それ、本当ですか」

「ああ、手足はロープで長時間拘束されている跡があって、腕にも注射を打たれた跡がいくつもあった。衣類は乱れているし、所々に付着している染みは体液だろうし。喉は潰されて、声も出せん状態だった。さぞや怖かっただろうよ……」


 真縁のリアルな言葉で、否が応でも頭の中に映像が組み立てられてしまう。空須の中に沸々とした怒りが込み上げてくる。

 しかしそうなると、現状では彼女が犯人という説は完全に棄却されてしまった。


「でも穴を掘ったんでもない。祠を動かしたわけでも、壁や天井を外したわけでもないとなったら、一体誰がどうやって彼女の死体をあの中に入れることができたんでしょうか」

「なに、他にも方法はある」


 頭を抱える空須を横目に、飛は下卑た笑みを浮かべていた。馬鹿にされてばかりの彼に縋るというのも気が引けてしまう。だが、この不可能状況に納得のいく説明をつけてもらい、名神を殺した犯人を突き止めることが出来るのならば――。誰でも構わない。そうしてくれれば空須は責任を持って、その犯人に裁きの場を設けてやるつもりだ。そうしてこそ、彼女の魂が安寧を得ることが出来るのだ。そのためならば、空須はいくらでも頭を下げようと思った。


「どうやるんですか、教えてください」


 公僕に頭を下げられて気を良くしたらしい。飛は渋ったような素振りこそ見せたものの、一旦話し始めるとその勢いは止まらなかった。


「いいか、あんたらが最初に祠の中で見つけたのはニセモンの死体だ。恐らく犯人は被害者の顔そっくりに人形を作ったわけだ」

「でも――」

「被害者は女性で小柄とは言え、あの大きさの鎧戸じゃ頭が通らねえって言いてえんだろ。そいつは簡単だ。犯人は作った人形の頭をバラバラにし、夜中のうちに、鎧戸から手だけを通して祠の中で頭を組み立てなおしたんだよ。そうだな、丁度、ボトルシップを作るみたいな感じだな。最後にかつらを被せてやれば完成だ。多分、あんたらが最初に祠に来た時、被害者のあの長髪は顔にかかってたんじゃねえか」


 彼の言う通りだ。空須は静かに頷いたが、それを待たずに飛は続ける。


「それは顔をできるだけ見せないようにして、人形であることを隠すためでもあり、人形の接着剤の跡を隠すためでもあるだろうな」

「でも――」

「それなら本物の被害者はいつ祠の中に入れられたのかって言いてえんだろ。そいつも簡単な話だ。だがその話をする前に、この村について知っておくべきことがある。小鳥村って名前の由来に、天狗伝説の由来についてな」


 傍若無人という言葉を擬人化したかのような飛だが、それでも周囲の目を気にして――特に彼は傍の真縁のことを気にして、ちらちらと彼の様子を窺ったかと思うと、空須の肩を寄せた。そして真縁の視線から逃れるように背を向け、飛は声を潜めた。


「実を言うとそれがまさに俺がこの村で調べていたことでな。こっから先はほら、な」


 彼は卑しそうに指を擦った。空須も流石に眉を顰めたのだが、ここまで聞いて後はご想像にお任せしますでは生殺しだ。寝覚めが悪い。

 溜息を吐いて財布を取り出そうとしたが、飛がその手を制した。


「いやいや、そういうんじゃなくて、情報には情報だろ。あんたの知ってる警察の捜査情報や内部情報を聞かせてくれたらそれで構わねえよ。

 ま、それは置いといてだ」


 どうやら彼は自分が思いついた推理を鼻高々に披露したくて溜まらないらしかった。急ぎ足に話を元に戻す。


「この村は昔から交通の便が悪くてな、外から人が来るなんてことは滅多になくて、住民の殆どが血のつながった家族みたいなもんだった。だが近親相姦を繰り返せばその分、生まれてくる子供は畸形児や障害児の確率が高くなる。ただでさえ人手の少ないこの村じゃあ子供は一人でも失いたくない」


 まさか――。

 空須の頭に嫌な想像が閃いた。悍ましい想像が。そしてその想像が、飛の口から具現化されてくると、愈々もって彼は身を震わせた。


「だから、時々近くの村まで男衆が降りていき、若い女性を誘拐して子供を作らせたり、子供そのものを誘拐したりしてたわけだ。小鳥村っつうのは元々子を盗る村で子盗り村――。周りからそう呼ばれていたのが、そのまま村の名前になっちまったってわけだ」


 空須の視界に映る村の光景が、まるでネガのように反転してしまう。

 愕然としている彼の耳では、先程の飛の声が洞窟の中のように反響している。飛は構わず先を続けているが、空須にはその声がとても遠くから聞こえてきているように感じられた。


「天狗伝説もその風習から生まれたものだと考えれば説明がつけられることが幾つかあるだろう。神隠しなんてのは、まさにそれだ。天狗は男を攫って食う、女を攫って子供を産ませるって、昨日住職が言ってたろ。村の人間が周りの村から女を攫って子供を作らせたり、女と間違えて男を攫ったら殺すなりなんなりして処分してたんだろうよ。それが長い年月をかけて口伝されていくにしたがって、徐々に天狗の神隠し伝説なんてものができあがっていったってわけだ」


 彼の話を聞いているうち、空須はまたしても嫌な想像を浮かべてしまう。


「まさか、その風習というのは、今でも続いているというんじゃないですよね」


 この時ばかりは、いつもの飛の嘲笑で一蹴してほしかった。現代日本でこんな莫迦げた行為が平然と行われているなど、とても信じられない。だが、彼は至って真面目くさった表情を変えなかった。


「その、まさかだ。被害者に性的暴行の跡があったってのが良い証拠だろう」


 昨日までの彼だったら、汚らしい格好のいやらしい記者なんぞに流されず、即座に言いがかりだと否定していたことだろう。ここに赴任してきてから、村の住民たちとは少しずつ少しずつ顔馴染みになっていった。最初こそ、つっけんどんな態度を取られることもあったが、二、三か月後にはようやく名前を覚えてもらって仲間に入れてもらえたという実感があった。半年も経った今では多くの老人たちに孫のように思われ、愛想よくされるようになっていたのだ。

 仮にそんな忌まわしき歴史があったとしても、それは過去のもの。今は関係ない。そんな反駁をしていただろうが、村に来て以降消息不明の名神の死体が見つかり、その上性的暴行の痕跡があったとなれば、いよいよその自信は雲散霧消してしまう。

 巡回中に見かける住民たちの顔が、頭の中に走馬灯のように次々浮かんで消える。どれもこれも人の良さそうな笑みを浮かべた老人ばかりだが、彼らはその事実を知っているのだろうか。いや、知っているどころか、その事実に加担している張本人かもしれない。そう思うと、その笑みが表面上だけのもので、一皮むけば悪魔のように牙を剥き出しにした醜怪さが顔を覗かせるのではないかと、彼は疑心暗鬼になった。

 結局は村の人間も自分が知らないだけで、天宮と同じく嘘なんてついていないという顔で大嘘を吐いていたのかもしれない、と。


「まあ、俺がこの村に取材に来たのは、まさにその証拠を掴むためだったわけだが……、まさかこんなことになるとはな」

「それで、その件と密室の方法と、どういう関係があるんですか」


 血の気を失い、ぼんやりとした頭で空須は尋ねた。今の話もとんでもない大事だが、肝心なのはこの先なのだ。


「今のことからわかるだろう。今回の事件は、誘拐した被害者をうっかり殺してしまったから、それを天狗の仕業に見せかけて捜査を攪乱するためだったってことに。そのために不可能殺人を演出する必要があったわけだが、奴らは証人としてあんたを選んだんだ。今朝の一連の流れは、観客があんた一人の殺人劇だったのさ」


 飛は空須を顎でしゃくって示した。


「そうだとしたら簡単な話だろ。神社の茂みに隠れていた村の人間が、祠の外を通ってあんたの気を惹き、外に引っ張り出す。あんたが祠の周りを調べている最中に、死体を中に運び入れた。ただそれだけだ。祠を燃やしたのは、最初にあんたが見た人形を処分するためだろうよ。こんな田舎じゃ、来て半年なんてまだまだ余所者だ。事件現場が燃えちまっても、日の浅いあんたに不可能殺人だと証言してもらえれば、それが太鼓判になる」

「そうだとすると犯人は――」

「死体発見時、事件現場にいた、あんた以外の全員だろうな」

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