花緑青4
捨てられた、雛? どういうこと? 親がわざわざ子を捨てるとでも?
花緑青が言い放った背筋が寒くなるような言葉に、私は硬直したけれど。それよりも後方で深緋と蒲公英が小さく悲鳴を上げたことが気がかりだ、反射的に振り返ると酷く怯えた様子で顔面蒼白、震えている。
それでも面白そうに目の前の男は腕を組み、私を真っ直ぐに見つめている。
不運で卵が落下したわけではないのだろうか? だってこの子は産まれたばかりだ、卵からようやく孵ったばかりなのだ。
「弱いからね、戦力にならないと見なされたのだろう。そんな命を育てたところでどうにもならない、その辺りに兄弟も捨てられていないかな? いないなら彼らは強き者だったのかも」
弱いから? 戦力にならない? 兄弟も捨てられて?
私は花緑青の言葉に弾かれて、一気に身体を捻ると私は駆け出した。もふもふ二人の横を擦り抜けて、先程の団栗の木の下へ行く。少し眩暈がする、歪む視界の中で目に飛び込んできた光景に悲鳴を上げずにはいられなかった。
「いただろう? どうだろう、全員捨てられたのか、一羽だけでも生き長らえたのか。解らないけれど、それが現実だよ、うらら」
遠くから、声が聴こえる。私の目の前には、割れた卵が何個か転がっていた。卵から、この手の中にいる雛と同じ様な、小さな小さな羽のはえた人間の形の“夜雀”という妖怪の雛が。……飛び出ていたり、殻の中にいたり、色々だったけど死んでいた。
いや、まだ死んでいないかもしれない!
私は何か言っている花緑青を無視して、手の中で啼いていた子をそっと地面に下ろすと他の卵を確認した。そっと手に取るが、冷たくて啼かない。
「あ、ああああああああああああああああ!」
思わず悲鳴が出ていた、身体中が震えた、視界が薄れる。震える手の上で、冷たい雛が何羽も眠っている。死んでいる、死んでいる。
「母様、しっかりして!」
背中を擦られて、悲鳴を上げ続けていた私は咳込むと震える身体のまま、抱きついてきた深緋と蒲公英の温もりを夢中で求めた。
「あ、あぁ、あ」
「落ち着いてくださいですコン、大丈夫ですココン。ゆっくり、ゆっくり息を吸って」
ピィ。
小さく啼いたその声に、一気に思考が戻る。私は夢中で卵の中から、まだ息があるその子を優しく取り出した。早く暖めないと! 冷たく感じたこの子を救わなくてはならない。申し訳ないけれど、亡くなってしまったこの子の兄弟達をそっと地面に横たえ、私は必死に掌で包み込んだ。何か布で包んであげなくては、リュックの中にハンドタオルがあった筈だ。
立ち上がると大急ぎで駆け出した、極力揺れないように、この子に負担がかからないように気を遣いながら。
「無駄だよ、うらら。諦めたほうが良い、兄弟たちの隣に並べてあげたら? 共に旅立てるよ、黄泉の国に」
花緑青が嗤っているが、無視する。今はこんな冷酷な男に構っている場合ではない、先程数発殴りつけておけばよかった。
「惨めな思いをするよ、直ぐにね。誰も君を咎める事などないのだから、捨てれば良いのに」
「黙れ!」
構いたくなかったけれど、思わず叫んでしまった。
走る、走る、とにかく走る。胸に抱きとめて走り続けた、久し振りにこんなに全力で長距離を走った。足がガクガクする、口の中が気持ち悪い、血の味がする。
森からあの焚き火まではここまで遠かったろうか、まるで得体の知れない何かが行く手を阻んでいるような気さえしてきた。
それでも、煙が見えた。焚き火と、簡易な屋根つきの私と深緋、それに蒲公英の住処が見えた。
安堵し、少し速さを落とす。手の中をそっと覗き込むと、ピィ、と雛が啼いていた。
よかった、まだ無事だ!
私はそのまま焚き火の前に走り、震える足で焚き火の前に座り込むと雛を潰さないように左手で胸に抱きとめる。転がっているリュックを右手を伸ばして引き寄せて、中からハンドタオルを取り出した。
雛を包む、焚き火にあててやる。暖は確保出来た、あとは食事だ。
何を食べるのだろうか、雛は……雛には何をあげれば良いのか。
焦りながら唇を噛む、気がつくと、深緋と蒲公英が傍に来ていた。追って来てくれたらしい、狼狽しつつ私の隣に座り、雛を見ている。
「あ、あの、母様」
「深緋、蒲公英。この子は普通何を食べるの? 貴方達でこの子の食事は用意出来るの?」
私の問いに、二人は顔を見合わせている。やはり知らないのだろうか、他の種族の生態など。鳥と同じだったとしても、あわ玉、という鳥の餌くらいしか私には思いつかないのだが。しかし、そんなものこの世界にあるわけがない。
おにぎりのご飯粒、とっておけばよかった。……あ!
「二人共、その辺りにさっきおにぎりが包んであった竹の皮、ない!? ご飯粒、くっついてない!?」
「あ、はいっ」
私の焦燥感に駆られた声に、二人が立ち上がってそれを探し始める。そうだ、ご飯粒があればどうにかなるのではないだろうか。あとは私の手持ちで何か与えられそうなものはなかったか、キャラメルを柔らかくして与えてみるとか、どうだろう。
「ありましたですコン!」
蒲公英が手に竹の皮を持って戻ってくる、広げてくれたそれには、薄茶色の米粒が、微妙にくっついていた。
よし! 私は指でそれを掬い取り、雛の口元へと運んだ。
「お食べ、とにかくお食べ」
ピィ、と啼いた瞬間に、米粒を突っ込む。手の中で暴れたけれど、とにかくひたすら米粒を押し込んだ。水分もいるのだろうか、深緋が川の水を汲んできてくれたので、少し暖めてぬるま湯にすると指先に水滴をつけ、口元へと運んだ。指を伝って、水滴が雛の口に入る。
「食べているし、飲んでいる。大丈夫、この子には生きる意志がある!」
私はようやく口元に笑みが浮かぶのを感じた、硬直していた身体が解れた気がした。脱力感に襲われて、思わず後ろにひっくり返りそうになった。それを、二人が支えてくれる。
「母様、なんてお優しい」
「……言葉が出ないですコン」
「そんなことないよ、二人も一緒に今頑張ってくれたでしょう? さぁ、これからが大変だよ、ずっとこの子にご飯をあげないといけないと思うから」
そう言う私に、二人は放心状態なのか微動出せず離れなかった。
「みょうちきりん、やらかしたな」
「まぁこの季節は夜雀が子を捨てる時期だからね、そこら辺にいただろうけど。忠告を無視するなんて本当に変わっているね、うらら」
出た。息つく間もなく、変態の登場だ。だが、今私は忙しい。相手をしている余裕なんて全くない、何処かに行って欲しい。
しかし、落ち着いて考えたらおにぎりは目の前にいる京紫が持ってきてくれたものだ。もっと持ってきてもらえないだろうか、頼んでみる価値はある。変態だけれども、今は頼みの綱。
心を落ち着かせて、私は無表情で突っ立っている京紫と、薄ら笑いを浮かべている花緑青を見つめる。
何を言われても、感情を露にしない。こちらの言い分を伝えてみよう、上手くやらないとこの子は助からない。
「花緑青、京紫。頼み事があるの。どうか、おにぎりをもっと頂戴」
「断る」
「断るよ」
「黙れ!」
間入れずあっさりと即答した二人に、思わず叫んでしまった。ギン、と瞳を開いて身を乗り出す。いや、落ち着け私。冷静になるんだ、私。
「死に逝く定めの者にあげるなど、阿呆」
「勿体無いよ、米だって十分にある訳ではないのだし……」
そっぽを向いた京紫、相変わらず微笑んでいる花緑青。深緋と蒲公英は私の背に隠れて、震えたままだった。
「あのね、貴方達が協力してくれたらこの子が助かり易くなるでしょう? それくらい解るだろうが、この変態共がっ」
「助かったところで」
「いやいや、助からないよ。だから無駄なんだよね、今懸命になってもさ」
「黙れ!」
駄目だ、冷静でなんていられない。殴らないと気がすまない。
お読みくださりありがとうございました、なんとか間に合いました。
※文字数は。




