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明日天気になったなら  作者: 桃 春花
第四部 たくらみの宴
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 女の子ふたりを担いだ集団は、下町の入り組んだ道を小走りに進む。

 その間エリーシャさんはずっと抵抗し続けていた。あちらを運ぶ連中は苦労しているようだ。女性一人に男が三人がかりとはいっても、人間を本人の同意なく運ぶのは大変な作業である。自分で動いている分には意識しないけれど、五十キロほどの重量があるのだから。お米の大袋を二つも三つも持っているようなものだ。テレビや電子レンジより重たい。そして動く。

 エリーシャさんの足が男たちの顔やボディを蹴り蹴りしていた。

 私の方はおとなしくしていたので、途中から普通に抱っこされている。無駄な体力を使いたくはない。それでなくても持ち合わせが少ないのに。

 しばらく進んで、一行は周りの建物とは明らかに違う、大きな家にたどり着いた。

 木造の建造物が多い中、珍しく煉瓦と漆喰を使って建てられている。三階建てで部屋数も多そうだ。周りにはちゃんと庭があって、芝生や植木がきれいに整えられていた。

 正面玄関から中へ入った男たちは、私たちを奥のきれいな部屋へ運び込んだ。応接間のような、ソファとテーブルが主役の部屋だ。調度はどれも立派で、趣味も悪くなかった。壁には絵などもかけられていて、きれいな風景画を見ていたらカームさんを思い出したりした。あの人の絵って、どんなだろうな。小鳥の絵しか見たことがないけれど、いつか他のも見せてもらいたいな。

 この段階になれば、さすがにエリーシャさんも抵抗をやめて、ものすごい仏頂面ながらおとなしくしていた。私たちはうやうやしくソファに下ろされた。

 それとほぼ同時に部屋に入ってきた人物があった。

「よく来たな、エリ――ぶっ」

 最後まで言わないうちにエリーシャさんの投げた靴が顔の真ん中に命中した。鼻を押さえてうめく彼に、先ほどの男たちがあわてて駆け寄った。

「若!」

「大丈夫っすか、坊っちゃん!」

「何がよく来たよ! 来たんじゃないわよ、連れて来られたのよ! ふざけた真似してんじゃないわよこの馬鹿息子!」

 エリーシャさんが若と呼ばれた男に怒鳴りつける。二人は顔見知りらしかった。

「くっ……しかたないだろう、こうでもしないとお前は話を聞いてくれないし!」

 鼻を赤くしながらも、馬鹿息子とやらは負けじと言い返した。

「こんな真似する奴の話なんか聞くわけないでしょ! いい加減しつこいのよあんたは!」

「男は根性だと親父に教えられた! 粘り強さには自信がある!」

「くだらない方向に根性見せてんじゃないわよ! その努力を仕事に向けろドラ息子!」

「仕事だってちゃんとしているぞっ。昨日もうちのシマを荒らそうとしたよそ者を徹底的に叩いて追い出してやったんだ。闇市場もちゃんと見回ってる。そうだ、大粒の黒真珠を手に入れたんだぞ。お前に似合いそうだと思ってな。ちょっと待ってろ、今持ってこさせるから……」

「横流しされた盗品なんかもらってもうれしくないわよっ」

「じゃあ、シロロ鳥の羽根扇……」

「どうせ密輸品でしょうがっ。羽根扇なんかいらないしっ」

「そっ、それなら……っ」

「若、頑張れっ」

「ここで引いちゃだめですぜっ」

「物より心だと思うんすけどねー」

「ねえねえ」

 握り拳で若さんを応援している手下の一人に、私は声をかけた。

「あ、はい?」

「のどが渇いたの。冷たい飲み物をいただける? あとお菓子もあるとうれしいわ」

 ソファにくつろいで注文すると、スキンヘッドのこわもては素直にうなずいた。

「はいはい、少々お待ちを」

 私はお茶菓子を待ちながら言い合う二人を眺める。若さんは見たところ二十代前半、身なりもいいし顔立ちもスタイルも悪くないけれど、どこか残念な雰囲気だ。何が足りないのかな。品か? 色気か? とか言うとまたカームさんを思い出してしまうが、比較するのはあまりに可哀相なのでやめておく。アレに対抗できる男はそうそういないだろう。

 同じ路線でなくてもいいのだ。魅力は人それぞれである。若さんの場合は、男らしい頼もしさなどでアピールするのがいいんじゃないかと思うのだが、何をもって頼もしいとするかを勘違いしているところが残念である。

「なら欲しいものを言ってみろよ! お前が望むなら、なんだって手に入れてやるって言ってるのに」

 物欲を満足させてくれる男が頼もしいと――そう思う女もいるだろうが、その場合愛されているのは男自身じゃなく、財産の方ではないのだろうか。

 そしてエリーシャさんは、そういうタイプではなさそうだ。

「何もいらないって言ってるでしょ! 物をくれたら結婚するなんてひとことも言った覚えないわよっ」

「じゃあどうすれば結婚してくれるんだよ!?」

「どうしようとこうしようと結婚しないっての! あんたなんかお・こ・と・わ・り!」

 ――雄という生き物は、憐れなものだなあ。

 スキンヘッドがお茶を持ってきてくれたので、口をつけてみる。ハーブティーのような爽やかな味わいだ。少し酸味があって、心地よく渇きを癒してくれる。冷蔵庫もないのにどうやったのか、グラスに露がつくほどよく冷えていた。

 お菓子もたくさん並べられたので、つまみつつ観戦を続行する。

 いまだ状況に対する説明がいっさいないにも関わらず、なんら不都合を感じないところがすごい。ふたりのやり取りだけで事情がほぼ理解できてしまう。

「大体ね、嫁にしたい相手をいきなり拉致とかする!? 口に布突っ込まれて丸太担ぎされて、そのままどっか売り飛ばされんじゃないのって状況だったわよ! どこの世界にそんな形で求婚する奴がいるのよ!?」

「や、だって、お嬢の声は響くから……」

「耳元で騒がれると堪えるからよぉ」

「お願いしたってついて来てくれるわけないしなあ」

「あっしらも辛い立場なんすよ」

 手下ズがこそこそ言い訳している。

「あたしだけならまだしも、ティトシェちゃんまで巻き込んでっ。本っ当に迷惑なんだから」

「ああ? 誰だよ、それは」

「目の前にいるでしょうが。そこに――」

 エリーシャさんが私を指差し、こちらを見る。つられて若も、手下ズも、全員がなんとなく私に注目して。

 ――やれやれ、やっと私の存在を思い出してくれたか。

「……何くつろいでんのよ、あなた……」

 お茶とお菓子でまったりしている私に、エリーシャさんが気の抜けた声を漏らした。

「エリーシャさんもお茶飲みません? 冷たくておいしいですよ」

 私は用意されたまま見向きもしてもらえず、放置されていたグラスを彼女に勧めた。エリーシャさんは何か言い返しかけ、急に疲れを意識したのかどっとため息をついた。どすんとソファにお尻を落とし、引っ掴む勢いでグラスを取る。さんざん暴れて騒いだ後だから、さぞのどが渇いていたことだろう。実に豪快にお茶を一気飲みして、空になったグラスを手下ズに突き付けた。

「おかわり!」

「へいっ」

 グラスを受け取ったスキンヘッドがまたすっ飛んで行く。

「……おい、誰だ、そのちびっ子は」

 若がエリーシャさんに訊いた。

「ティトシェちゃんよ。トーヴィルの友達」

「ああ? なんでトトーの友達がここにいるんだよ」

「あんた達が連れてきたんでしょうが」

「どういうこった。こんな子供(ガキ)まで連れてこいとは言ってねえぞ」

 若は今度は手下たちを見る。

「いや、だってあの場に一人だけ残してったんじゃ可哀相ですし」

「そっすよ、仲間外れはよくねっす」

「仲間外れとかそういう問題じゃねえだろぉ!?」

 コント集団はひとまずほっといて、私はエリーシャさんに訊ねた。

「で、一応お尋ねしますが、この方は……」

「バカよ」

「とてもわかりやすい説明でした」

「どこがだよ!?」

 若のツッコミは無視する。

「エリーシャさんに惚れ込んでプロポーズ作戦決行中、しかしながらまったく相手にしてもらえず、あの手この手で迫るもことごとく作戦失敗壊滅状態。敗因は『俺様金持ちなんだぜすごいだろ嫁に来たら贅沢し放題だぜ』なんて痛いこと堂々と言っちゃうオツムの残念さ、といったところですか」

「ぐはぁっ」

「ああっ、若ぁっ!」

「ひでえっ、なんて的確にまとめるんだ!」

「言っちゃダメだよ本当のことはっ」

「子供って残酷だよなあ」

 エリーシャさんは深々とため息をついた。

「……ま、そんなとこよ」

「つけ加えると、ただのお金持ちじゃなくヤクザ稼業の人ですか。若と呼ばれるくらいだから親分ではなく頼りない二代目、もしくは無能な三代目とか」

「ぐうぅっ」

「若、しっかり!」

「二代目っす! ちょっと頼りないけどこれでも頑張ってるんす! 努力を認めてやってくだせえ!」

 どうでもいいけどにぎやかな連中だな。

「ヤクザと言えば、まあそうなんだけど……父親のベイリーさんはいい人よ。この町の顔役みたいなもので、いろいろお世話になってるわ。お役所から協力を要請されることもあるくらいで、けっして悪人じゃないの」

 ふむ、義理と人情のヤクザ――清水次郎長みたいなものかな?

「まあ、だったら堅気なのかって言われると、そうでもないんすがねえ」

 手下の中でいちばん年長らしい、四十がらみのいかついおっさんが、照れたように頭をかいた。手下といっても、多分お目付け役とかそんな立場なのだろう。

「でも、一般の素人衆にゃ迷惑をかけるなってのがおやっさんの主義でして」

「あたしの今のこの状況は、迷惑じゃないとでも言うの?」

「お嬢は、ほれ、若の想い人っすから」

「勝手に身内にしないでよっ! 結婚しないって言ってるでしょ!」

 私は一旦立ち上がり、床に落ちたままになっていた靴を拾ってきた。こういうのって、どうしても気になるのでね。エキサイトしてすっかり忘れているようすのエリーシャさんの足元に置いてあげる。

「あ、ありがと……って、なんでそう冷静なのよ。いきなりこんな目に遇ってびっくりしないの?」

 ソファに座り直してエリーシャさんの問いに答える。

「最初はちょっと驚きましたけど。でもすぐに変だなって気が付きましたので。あんな白昼堂々の人攫い、あるのかしらって。あるかもしれませんけど、周りの通行人たちも驚いてるだけで犯罪を目撃しているってようすじゃありませんでしたからね。よっぽど冷たい人たちなのだとしても、それなら巻き込まれないように避けるとか、そういう雰囲気がありそうなものでしょう。むしろ、面白がってるような雰囲気がありましたから、何か違うなって……私たちを運ぶ最中も人目につかないような配慮とかいっさいなくて、普通に道の真ん中走ってたでしょう。誘拐犯ってもっとこそこそするんじゃないでしょうか。で、このお屋敷に着いて、これまた普通に正面玄関から入るし。危機感を覚えるにはちょっとのんきすぎますよね」

 お菓子をまたひとつ、つまみあげて口に放り込む。今朝も肉攻めに遇ったから、お昼ご飯が出る前に逃げ出してきたんだよね。今頃になって小腹が空いてきたので、ちょうどよかった。

「……そういうこと、冷静に観察している時点で変よ。もっと混乱して怯えるのが普通じゃないの?」

「そうですねえ……でも今回は殴られたり剣を突き付けられたりしなかったし。とりあえず様子見しようかなって落ち着いて考えられるくらいには、丁重に扱ってもらえましたから」

「今回はって、どういう意味よ。殴られたり剣を突き付けられたりしたことがあるの?」

「人生、たまにはそういうこともありますよね」

「ないわよ、普通は!」

 ここまで黙って私たちのやりとりを聞いていた若が、急にあっと声を上げた。何かと顔を向けると指が突き付けられた。

「どっかで見たことがあると思ったら……この間のゲロ吐きっ子じゃねえか!」

「…………」

 ふ、気にはしない。クラスの馬鹿男子どもと同レベルだというだけの話だ。

 そうか、若はあの時あの場にいたのか。そういえば、エリーシャさんのそばに男が一人いたような気がする。あれがこの若だったのか。

「女の子に向かってなんてこと言うのよ!」

「事実じゃねえか。あの時こいつのせいで邪魔されて」

「邪魔だったのはあんたの方よ! この子は身体が弱いの、あの時は具合が悪かったのよ。そういう思いやりのないこと言う奴は、嫁どころか友達もできないわよ」

「う……っ」

 若が言い負かされて言葉に詰まった隙に、私は訊ねた。

「で、この若様のお名前は?」

「お前今『ばかさま』って」

「デイルよ。デイル・マッシュ。マッシュ家の跡取り馬鹿息子」

「だからいちいち馬鹿を入れるなよ!」

 デイルね。オーケイ。ようやく名前が呼べる。

 私はあらためてデイルを見上げる。くすんだ金髪に青い瞳の、容姿だけを見ればそれなりのイケメンだ。でも中身がイケてない。実に残念。まあ男であるという時点で、私にはどうでもよいのだが。

 それよりも、もっと重要なことがある。

 デイルはため息を吐き、面倒そうに言った。

「ちっ、ったくガキの相手なんぞしてられるか。おい、家はどこだよ。親はなんて名だ?」

「…………」

 彼は横柄に私を見下ろす。

「送らせてやるから、親の名前言え。どこの子だよ?」

 私はソファに肘をつき、冷たい声で答えた。

「あなた如きに言うべき名ではないわ。身の程を知りなさい」

「なっ……んだと、このガキ」

 デイルの顔がたちまち険しくなる。目を吊り上げて私をにらんでくるが、かまわずに続けた。

「エリーシャさんの言うとおり人に多大な迷惑をかけておきながら、謝罪の言葉ひとつなく追い返そうとはね。お父様は立派な方らしいのに、息子の教育だけは失敗なさったのね」

「何を、生意気なことを……!」

「なるほど、エリーシャさんがあなたとの結婚を嫌がる理由がよくわかったわ。そりゃあ嫌でしょうね。彼女でなくても、まともな女性ならこんな自己中心的で無礼きわまる男、嫌がるに決まってる。お父様の跡を継ぐにも人間関係は大切でしょうに、こんな調子では先が思いやられるわね。結婚以前に、部下に見限られなければいいけれど」

「な……な……」

「……けっこう言うわね、ティトシェちゃん」

 エリーシャさんがちょっと引き気味に苦笑している。いいえ、まだまだ。本番はこれからだ。

「恋愛にかぎらず、人とつきあうにはまず礼儀と思いやりが大前提でしょう。そのどちらもないあなたに、誰がついてきてくれると思っているの。今はお父様の存在があるから大きな顔していられるけれど、いざ自分が周りを率いていく立場になった時、あなたを慕いあなたのために力を尽くそうとしてくれる人がどれだけいるのかしらね。ふんぞりかえって命令すれば誰もが無条件で従ってくれるとでも? 財力をひけらかせば人の尊敬を得られるとでも? そもそもその財産にしたって、誰が築き上げたものかしら。あなたが頑張って稼いできたの?」

「なっ……う、くう……っ」

「ただ財産がある、身分がある、地位がある――それだけで人は人を好きになるものではないでしょう。何よりも大切なのは、その人自身よ。好きになれる人かそうでないか、いちばん基本的なところでみんな判断しているんだわ。地位や財産なんて付属物に対するものは好意じゃなくて、打算って言うのよ。打算で付き合ってもらってうれしいの? 相手はあなた自身を見ているんじゃなくて、あなたから得られる利益しか見ていないのに。そしてその利益がなくなれば、簡単にあなたのもとを去っていく。あなた自身には何の価値も見出していないから。そんな上っ面だけのお寒い関係でよろこんでいられるのなら、いっそ誉めてもいいかもね。誰からも愛されない絶賛ぼっち人生ですが何か?ってくらいな気概があるのなら、それはそれで立派だわ」

「うううう……っ」

「も、もう勘弁してやってくだせえぇ。若の心が折れちまうようっ」

「これでも根は悪くないんすよ。ちょいと馬鹿で考えなしなとこはありやすが、下の(もん)を思いやる気持ちがないわけじゃなくてっ」

「ただちょーっと、調子に乗りやすい馬鹿ってだけでして」

「バカバカ言うなよお前らもっ!」

 懸命にかばってくれる手下たちを、恩知らずなデイルは怒鳴りつける。ちょっと涙目だ。威張っているくせに打たれ弱いな。

 さっきまでの勢いを忘れたように、エリーシャさんがため息まじりに言った。

「意外ときつい子だったのね……あたしだってさすがにあそこまでは言わないわよ」

「そうですか? 初対面の相手だし私だって完璧な人間じゃないんだしと思って、大分抑えたんですが」

「あれで!?」

「おとなしそうな顔してどんだけ攻撃的だよ!?」

 私はソファの背に深くもたれ、いまだごめんの一言も口にしないデイルを見上げた。

「攻撃なんかしてないわ。思ったままを口にしているだけよ」

「なお悪いわっ!」

「大人のくせに悪いことをしても謝らないで、逆ギレして文句ばかり言ってるんだもの。馬鹿にするなって方が無理な話よ」

「くうううぅっ」

 デイルは拳を握りしめ、歯噛みしてその場で立ち尽くす。震える彼の肩に、手下のおっさんがそっと手を置いた。

「若、もうそろそろ認めなせえ。わかってるんでしょう? 嬢ちゃんに、何て言うんです?」

「……っ」

 青い目に涙をにじませて、デイルはぎっと私をにらんだ。

「あああもうっ、わかったよ! 謝りゃいいんだろ謝れば! 悪かったよ! 詫び入れてやるからちょっと待ってろ!」

 こちらに指を突きつけておもいきりやけくそで叫ぶ姿は、どこからどう見ても謝る人の態度ではなかった。

 が、そうつっこむことはできなかった。ものすごい勢いで彼は部屋を飛び出していき、あわてて手下たちが後を追う。いったいどんな「詫び」とやらをする気なのか。エリーシャさんの視線に、私は肩をすくめて応えた。

 そして待つことしばし。

 お菓子もあらかた食べてしまい、いい加減待ちくたびれた頃にまたどやどやと人が戻ってきた。みんな手にお皿や器を持っている。テーブルに並べられるごちそうに、エリーシャさんは呆気にとられていた。

 最後に登場したのは分厚いステーキだった。お皿を兼ねた小さな鉄板の上で、まだじゅうじゅうと音を立てている。私たちの前にそれが置かれると、デイルが胸を張った。

「さあ、好きなだけ食え」

 私はため息をついた。

「お肉、嫌いなの」

 言ったとたんにデイルのドヤ顔が凍り付いた。

 見守っていた手下のみんなも顎を落としたりムンクになったりしている。

「お……お前……っ、シャクラ地方産の最高級霜降りガウ肉だぞっ。貴族だってそうそう口にできないってのに、『肉キライ』のひとことで済ませるなよっ!」

 あれだけ言ってやったのに、まだ勝手なことを言っている。私はそっぽを向いた。

「だって嫌いなんだもん。こんな油ギッシュなお肉食べたら、絶対胸焼けするわ。また吐くかも」

「なんつーワガママな胃袋してやがんだっ」

「ごちそうが食べたいだなんて言ってないし。これがあなたの言う『詫び』? 本当にわかってないのね。物で解決しようとするんじゃなくて、誠意を見せなさいって言ったつもりだったのに。とことん理解力が欠落してるのね」

「んが……っ、せ、誠意、だと、これじゃ誠意にならねえってのかよ」

「心から申しわけなかったと反省し、それを表すことが誠意でしょ。あなたのどこに、そんな殊勝さが? いまだにそうやって高いところから見下ろしてるし」

「しかたねえだろてめえが座ってんだからっ!」

「じゃあ立ってあげるから、そこに手と膝をついて」

 言いながら私はソファから立ち上がり、目の前の床を指差した。一瞬目と口を丸くしたデイルが、すぐに屈辱に顔を歪める。

「……土下座して詫びろって言うのかよ」

 とんでもない。私は首を振った。

「土下座なんていらないわ。一回踏ませてほしいだけよ」

「よけい悪いわっ」

 エリーシャさんがこめかみを押さえた。

「ティトシェちゃん……さすがにそれは、どうかと」

 周りの人々も私に非難の目を向けている。それを私はしっかりと見返してやった。

「当然の要求だと思うけど? 私がこの手で頑張って洗濯して、アイロンがけしてきれいに畳んで持ってきた服を、拉致された時のどさくさで踏みにじられたんだから。お土産のお菓子もね。お世話になった人にお礼をしようと、一生懸命準備してきたのに、全部めちゃくちゃにされたのよ。私の努力と誠意がだいなしよ。怒って悪い? お返しに踏ませろって、そう言うのがそんなに納得できない?」

 誰も気付いていないようだが、私は怒っている。腹の底から、激怒している。言ってもかまってもらえそうにない取り込み中だったから少し待っていただけで、許してやったわけではない。

 文明の利器もない不便なこの世界で、ただでさえ慣れない洗濯とアイロンがけを一生懸命頑張ったんだぞ。お詫びと感謝の気持ちを込めて、完璧にきれいな状態にして返しに来たのに。女の人だからお菓子も喜んでもらえるだろうと思って、ユユ姫にお願いしてわざわざ用意してもらったのに。

 一瞬ですべてをめちゃくちゃにされた恨みを、ほんのちょっとやり返してやろうって思うのがそんなにいけないか。

「…………」

「…………」

「…………」

 全員が私から目をそらし、沈黙が下りた。拉致の実行犯どもは、汗たらたらで小さくなっている。エリーシャさんも、もう私を止めなかった。

「それなら、あっしを踏んでくだせえ」

 例のおっさんが進み出た。

「踏んだのはあっしらでさ。罰はあっしが受けやす」

「やらせたのはデイルでしょ。責任と原因は彼にあるわ」

「いや、ですが……」

「もういい」

 デイルがおっさんを制して前に出た。しばし私をじっと見下ろした後、ぐっと口許を引き結び、その場に膝をつく。

「……存分にやれ」

 両手も床につき、頭を低くする。私はうなずいた。

「じゃあ、遠慮なく」

 右足を上げて、金髪めがけて力一杯落っことす。

「がっ……ほ、本当に遠慮ないなっ」

 床にめり込みそうな体勢でデイルはうめいた。

「遠慮するくらいなら最初から踏むなんて言わないわ。でも女の子の足に踏まれたくらい、どうってことないでしょ。残念ながら私は人より力が弱いしね」

「いや、けっこう痛い……」

「じっさいのダメージはともかく、頭を踏みつけにされるのは、たいそうな屈辱でしょうね。でもあなた自身がやっていることよ。相手の気持ちを無視して、自分の理屈を押し付けるのは頭を踏むのと同じよ。やられる側の腹立たしさが少しはわかったかしら?」

「く……ご、ごめんなさい……」

 デイルが謝った瞬間、いっせいに周囲がどよめいた。手下たちが目をうるませて口々に言った。

「わ、若がごめんなさいって!」

「やけくそじゃなくてちゃんと謝った!」

「やればできる子なんだよ若は! 本当は優しい、いい子なんだから!」

「よく言った坊っちゃん! またひとつ大人の階段を昇りなすったねえ」

「なんか違う意味大人な光景にも見えるけど」

「おいらも女の子に踏まれてえ」

 一部妙な感想も含まれているが、おおむねみんな感動しているようだ。デイルも手下たちの声援に涙していた。

「くう……こんな子供に踏まれて説教されるなんて……っ」

 ――そろそろ、訂正を入れておくべきかな。

「子供には違いないけど、一応十七歳だから。トトー君と同い年だからね」

「なにぃっ!?」

 また室内がどよめいた。さっきよりも反応が大きかった。

「え……トーヴィルと同い年? 十七歳だったの? 本当に? やだ、それじゃ本気でお嫁さん候補じゃない」

 エリーシャさんの反応はどこかずれている。

「嘘だろっ。お前、十七って……その胸で!?」

 デイルの言葉には思わず足に力がこもってしまった。

「胸は関係ないでしょ」

「いやあるだろ! そんなミカンサイズで十七って――ぬおぉっ!」

 ああくそう、力が足りないのが心底口惜しい。この頭を踏みつぶしてやれるくらいの脚力があればよかったのに。

「ちょ、まて、そんなグリグリと……おおぅごめんなさいぃっ! ミカンでも十七歳って認めます!」

「ミカンミカンうるさい」

 ったくどいつもこいつも。メロンやスイカじゃなければ胸ではないとでも言うつもりか。ミカンにだって市民権くらい認めろよ。

 怒りを込めて無礼者にお仕置きを続行していると、周りが騒がしくなった。いや、手下たちが騒がしいのは元からだ。それとは別に、廊下から複数の足音ともめるような声が近づいてくる。

 私は足を下ろして扉を見やった。騒ぎに気付いた人たちも顔を向けている。デイルが頭を押さえながらふらふら立ち上がった時、ノックもなしに扉が勢いよく開かれた。

「ティトシェ様! ご無事ですか!?」

 真っ先に飛び込んできたのは、体格のいい若い男性で。

 ……しまった、忘れていた。

 はからずも置き去りにしてきてしまったアークさんが、鬼の形相でそこにいた。

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