EP9　嵐の前の静けさに、悪の牙はその輝きを隠す

「インターナショナル・デジタルスポーツ・クリスマスチャンピオンシップ──」

マイクが笑いながら言った瞬間、ヨシとの胸が一気に熱くなる。

「そうだ。俺たち世界最強夫婦から“正式に推薦”してやる。

どうせ決着つけるならよ……最高の舞台でやろうぜ！」

IDＳCC──トッププレイヤーが“ライバル認定”した者だけを推薦できる特別枠。

埋もれた天才を世界へ引き上げる、IDSAの最大の救済システムだ。

「喜んで！！」

ヨシとは迷いなく答えた。

フォーミンも拳を握りしめる。

この瞬間を、夢に見ていた。

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「おっと賞金の件だが……今回ドローだから、山分けな」

マイクが端末を見せてくる。

IDSAのマッチングでは、対戦相手の強さに応じて賞金が変動し、所持金の有無に関わらず即時振り込みされる。

《＋2500 C》

ヨシとの画面に光が走り、フォーミンも歓声をあげた。

「……すげぇ、俺、本当に最強夫婦と互角に……！」

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ロビーに戻ると、供花が腕を組んで待ち構えていた。

「……聞いていたわよ」

「え？」

「世界最強相手に引き分け？　──なら、明日から地獄のレッスンね」

ヨシととフォーミンの背中に冷気が走る。

「えっ……その……供花先生……？」

「甘えるな。二人ともプロになるんでしょ？　だったら本気で叩き上げる！」

フォーミンは乾いた笑いを残し、そのままログアウトした。

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ログアウトした美浦が戻ったのは

福祉法人「ふくろう財団」が運営する児童養護施設「ふくろうの山小屋」。

事故・虐待で親と暮らせない子どもたち、

そして遠方から来たふくろうスクール生がともに生活する“家”。

「はな、おいで」

セラピーロボット「ワンポ」が駆け寄る。

美浦はぎゅっと抱きしめ、今日の出来事を弾む声で話した。

「えへへ……世界最強夫婦に引き分けたんだよ！　すごいでしょ！」

その瞬間、端末が震えた。

差出人──義人。

> 『美浦へ。明後日はオープンスクールだよな。

今日の試合、みんな絶対自慢するぞ！

あと、ふくろうマルシェで吉宮さんの“ハーブトマト”が販売されるってよ！』

美浦はすぐ返信した。

> 「ハーブトマトのトマトカレーは山小屋の人気メニューだから最高！

クラフト野菜は本当に美味しいし、楽しみだね！」

胸を弾ませながら

美浦は南天堂製ヘッドギアVR「テスラリンク・プロ」を装着した。

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ログインした瞬間、聞き慣れた声が響く。

「フォーミンじゃないか！」

走り寄ってきたのは女アバター・ワン・リーフェイ。

見た目は女性、中の人は男性。

義人、美浦と長年オンラインでつながる仲間だ。

「リーくん、ヨシ君はいまお父さんと打ち合わせだって」

「そっか……。それより、聞いたか？　今年のアメリカ大統領選」

フォーミンが目を丸くする。

「アメリカ政界の若きエース“アルベルト・マイン・ケーニッヒ”。

グローバルファースト政権を掲げて出馬したらしい」

「ケーニッヒ……！？　あの、共産主義者を“世界の癌”と断じた？」

「ああ。若者と中間層の支持を一気に握ってる。

秋の大統領選……間違いなく世界が動くぜ」

フォーミンは息を呑んだ。

このニュースは、のちに日本をも揺らす嵐の前触れとなる。

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翌日。

評議連合本部では、参議院選に向け準備が進んでいた。

「……参加を見送る？」

対馬が顔色を変える。

代表・村瀬かずおの口から出たのは、予想外の判断だった。

「体制が不完全な今、参議院に出るべきではない」

「代表！　“若者を仮想空間から救う”という理念は、旧共産連盟から受け継いだ柱のはずでは！？」

村瀬は元大学教授。

仮想空間依存を批判した著書『仮想空間依存への警鐘』はベストセラーとなり、

彼はその思想を武器に党を率いてきた。

だが今は──

「同じ轍は踏めん。まずは体制を整える。それが先だ」

そこへ現れたのは実行部隊リーダー、倉田信也。

VR化の波に職場を失い、VR依存で息子を亡くした男。

彼は村瀬の思想に救われ、この党に身を投じた。

「先生の判断は正しい。焦れば再び崩壊します」

対馬は悔しさを押し込め、深く頭を下げた。

「……承知しました。代表のお考えに従います」

こうして評議連合は“不参加”を決断。

しかしそれは──

ケーニッヒ次期大統領が発する“ある大統領令”によって、

壊滅寸前に追い込む結果となる。