EP34 過去の傷は今を縛り、今を誇れば未来への翼になる
職場体験で香川県高松市へと向かう義人と美浦。
受け入れ先で挨拶を済ませて、ホテルで一泊することになる。
そして、美浦の口から衝撃の過去が飛び出していく。
「──私、高松で生まれたんだ」
うどんの湯気の中で、美浦は静かに語り始める。
その声音には、覚悟のような強さと、痛みの気配が同居していた。
「パパもママも有名な俳優でね。私は“小さなスター”なんて呼ばれてたよ」
テレビの中で笑っていた一家。
日本で一番幸せな家族──そんなふうに毎日のように特集されていた。
「子役として映画やドラマに出て、人気番組のカラオケ大会でも優勝して……」
「すげぇな、美浦」
「えへへ……でも、よしくんと一緒に芸能界に行けたら、もっと嬉しいんだけどな」
その何気ない一言に、義人の胸がはねた。
だが次の言葉で、空気がひっくり返る。
「──全部が変わったの。六年前の、あの日に」
美浦の視線が遠くへ飛ぶ。
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家族で出かけた愛媛の観光農園。
みかんパフェを楽しみに、大好きな両親と笑っていた──。
「見えたぞ! あれが“みかんパラダイス”だ!」
「やったぁ!」
幸せの絶頂。
だがその農園に、突然“黒い波”のような集団が流れ込んできた。
「教育自由化、反対! 伝統を壊すな!」
数は二十。
スローガンを叫び、観光客を威嚇し、農園を混乱させていく。
それでも父と母は、美浦を守ろうとした。
「放っておこう。別のエリアへ行くぞ」
「うん……」
しかし──一人の活動家が絶叫した瞬間、流れが変わった。
「有名人も敵だ! “個性”で大衆を惑わせる悪だ!」
「芸能人は断罪! 有名税を全部払わせろ!」
次いで怒号、暴走、そして──“犯罪”が起きた。
「この親子を“見せしめ”にする!」
暴行。
刃物。
叫び。
血の匂い。
美浦の声は、淡々としているのに、震えていた。
「……パパは殴られて、ママは刺されて……。そのまま、私の前で……」
義人は拳を握りしめるしかなかった。
「私は“親戚”を名乗る女に連れていかれた。でも……そこから一年が地獄だったの」
机に向かわせる怒号。
人格否定。
エリート教育を盾にした虐待。
逃げ場のない監禁のような日々。
「“夢を見るな”って、毎日毎日言われた。私の人生は有名税の“償い”だって」
涙ではなく、静かな怒りが美浦のまなざしに宿っていた。
「だから逃げたの。少しだけお金を持って……そのあと不良に絡まれて。もうダメだ、って思った時」
美浦は、義人を見た。
「助けてくれたのが、よしくんだったんだよ」
義人は覚えている。
髪はぼろぼろ、体中に傷、表情は死んだような少女を。
「……とりあえず来い。メシ食わせてやる。風呂もある」
その一言で、美浦の世界が繋がった。
「よしくんのお父さんが“孤児支援プログラム”を通してくれて……私、やっと生き返れたの」
感情を取り戻した瞬間、美浦は義人にしがみつき、声をあげて泣いた。
その涙は、やっと自由を得た子どもの涙だった。
「だからね──よしくん。私は、ずっとそばにいたいんだ」
その言葉を聞いた義人は照れた顔でうどんをすすった。
しかし胸の奥では“絶対に守る”という思いが、ギリギリと強くなっていた。
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一方その頃、高松の路地裏。
「チッ……クソが……!」
ガラの悪い男・滝坂が苛立ちをぶつけながら歩いていた。
あの親戚女の息子であり、美浦の“地獄”を作った張本人。
「母さんは逮捕。俺の大学は自由化で廃業。なのにあの女は……“世界の明石”だと?」
社会は個性を重んじ、学歴偏重は過去のものとなった。
だが滝坂にとっては、それこそが“悪夢”だった。
「俺らが正しいはずなのに……なんでだよ!」
バイトを転々とし、若い女たちに嘲られ、プライドはズタズタ。
「母さんの公判は明日……金を作らねぇと……!」
そんな時、声がした。
「滝坂さんですね?」
「……誰だよ」
振り返ると、青いスーツを纏った女が立っていた。
紫のルージュ、細身に揺れる長髪──そして異様に白い歯。
「私は“めぐみ”。梅田吉蔵先生の秘書です」
差し出された名刺からは、政界の匂い。
「あなたに“力”になってほしい。もしかすれば……お母様を救えるかもしれません」
滝坂の目がギラリと光る。
「金になるのか? 闇仕事でもいいぜ」
「その前に、お食事を。腹が満たされなければ戦えません」
豪華ホテルのレストラン。
滝坂は扉の前で叫んだ。
「こ、こんなとこで!? 俺、バイト代しかねえのに!?」
「今日は、あなたを“客人”として迎えていますので」
めぐみの笑みは、美しく──そして邪悪だった。
次回、梅田吉蔵が登場!
彼の語る事件の詳細をお伝えできればと。




