EP14　共産主義者の晩餐会

村澤かずお、58歳。

　巨大シンクタンク〈紅蓮機関〉の初代総監にして、前総監を陰で支えていた“影の参謀”と呼ばれる男だ。

　かずおが若き俊英――俊永をはじめとした新世代のメンバーを取り込んだのは、ひとえに“ある壮大な計画”のためだった。

「若者を“仮想依存”の沼から救うには、痛みを避けられん。全員が等しく向き合う“再構築”が必要なのだ」

　薄暗い作戦室で彼は端末を起動し、世界中の協力機関と秘密回線を繋ぐ。

　そこには各国の代表たちが同様の防音室から接続していた。

「諸君……例の計画について議論を進めよう」

　“世界紅蓮サミット”。

　それは紅蓮機関が毎月行う極秘オンライン会議だ。

『あの新国家主席候補の政策が通れば、我々は世論の表舞台から消される！　立て直さねば未来はない！』

『教育制度の“多様化”が急速に進行しています！　古い家系や名門学院は適応しきれず沈みかけているのです！』

　とある女性メンバーが口にした“エリート教育の崩壊”。

　2030年代、学歴・家柄神話は完全に時代遅れになり、自由教育や個性才能重視の教育モデルが主流になっていた。

　その流れに取り残され、没落した旧家が象徴的な事件を起こした――“伝統教育の消失”を訴えるための過激な抗議行動だ。

　この事件を境に、古い価値観を失った名門家系は「伝統を守れ」というスローガンで反発運動を起こすようになった。

　2055年の今、活動は下火となったが……ふくろうスクールやオープンスクールの圧力事例を考えれば、陰の組織網が完全に死んだとは言い難い。

　30年前に起きた、没落した旧財閥“西園寺家”による映画試写会襲撃未遂事件。

　名門が落ちぶれた時、どれほど厄介な存在になるかの前例だ。

「では……没落した名門家系を“救済”するため、彼らを我々の組織に迎え入れることでよろしいですかな？」

　各国代表は静かに頷く。

「結構。――これにて今月のサミットは終了だ。世界は再び一つにまとまる」

　会議を終えたかずおは俊永のもとを訪れた。

「君を迎えて正解だった。……あの“オタク文化殲滅計画”を進める上で、君の手腕は欠かせない」

「マジで救世主っすよ、総監。あたしの“頂戴ノウハウ”がまさか国家級プロジェクトに使われるなんてさあ」

　俊永――かつて“頂戴女子”として名を馳せた伝説の詐欺師。

　中年男性の庇護欲を悪用したマニュアル詐欺で総額12億。

　2050年代最大の詐欺事件として歴史に残り、裁判で無期懲役。

　だが、紅蓮機関が裏で動き、死亡偽装で彼女を社会から“消した”。

　今は秘密研究所で名誉研究員兼スパイとして暗躍している。

「再来月は……あの忌まわしき“若者文化の祭典”だな」

「TGBMGCですね？　ついに動くんすか？」

　そこへ対馬と、フェミニスト思想を掲げる精鋭チームが入室した。

「対馬さん、またあたしに嫌味っすか？」

「嫌味じゃなくて、任務よ。あなたの“若さ”が必要なの」

　対馬は俊永に特殊装備を渡す。

「まさか……あたし、噛ませ犬っすか？」

「違うわ。あなたの動きで“性を餌にした大量消費コンテンツ”を終わらせる。これは組織の意思よ」

　カズオは俊永の肩を叩いた。

「頼んだぞ。……対馬くん、後で彼女に好物でも奢ってやりたまえ」

「もちろん。特盛の明太チーズ牛丼でいいかしら？」

「最高っすね！」

　こうして、TGBMGCに不穏な影が忍び寄る――。

◆　◆　◆

　数日後、BSOでは“バトルトーナメント予選”の告知が流れ、ロビーが盛り上がっていた。

「みなさーーん！　稲毛アウルズ vs バウンドフィッシャーズ、最高でしたねぇ！！　レイナお姉さん、興奮しすぎて燃え尽きちゃうところでした！！」

　レイナがハイテンションでバトルを振り返る。

「ではお待ちかね、予選ラウンドのルールを発表しまーす！」

　プレイヤーたちが息を呑む。

「ジャジャーーン！　予選は“天空コロシアムへのサバイバルレース”でぇす！！」

　ナビ禁止。

　回復アイテム禁止。

　スキル使用禁止。

　純粋な地図読解力と機転、そしてMAV（アシストAI）の精度だけが頼りという極限ルールだ。

　シード枠の稲毛アウルズは観客席で他チームの様子を見守っていた。

「ナビなしは……かなり厳しいわよね」

「だよな……判断ミスひとつで終わる」

　注目は

●バウンドフィッシャーズ（アウルズの宿敵）

●ノーブレス・アンノウン（不気味なダークホース）

　特にノーブレス・アンノウンは

“裏で不正をしているのでは？”

そんな噂が絶えない謎の存在だ。

「不気味なノーブレス・アンノウンと、アウルズにリベンジを誓うバウンドフィッシャーズ！　予選開始に向けて準備万端です！」

　レイナが隣の解説者を紹介する。

「実況はわたくしレイナと……このお方です！！」

　月刊VRマニアックス編集長にしてOHTUBEで人気のゲーム実況者。

「進藤ジョージです！！」

　アフロと瓶底メガネというクセの強いアバターのまま、彼は手を挙げた。

　――いよいよ、予選ラウンドが始まる。