21 強面貧乏お嬢様、密偵を目指します(前)
「ねぇ、カミラ。 密偵って仕事知ってる?」
ビアンカは、同僚に聞いたばかりの噂を私に話した。
男爵家には、密偵と呼ばれる密かな役職があるという。
当主の知りたいことを探る探偵のような仕事だ。
周りには調査していることを悟らせずに、情報を聞き出すプロフェッショナルらしい。
その役職についている人は、必ず戦う術を持っているという。
その役職は、裏の役職であり、誰が密偵かは謎。
憶測が憶測を呼び、今、侍女達の間で誰が密偵なのか、予想することが流行っているらしい。
「そんな役職があるんだ」
「カミラは目指しちゃダメよ」
「どうして!?」
「危ないから! 剣持って戦うことも出来ないでしょ?」
その通りだった。
父が騎士団に入っているから、教えてもらえると思ったが、全く教えてくれなかった。
密かにカミラはショックを受けていたのである。
「まぁ……密偵自体嘘だと思うし、どっちにしろ、私達には難しい仕事だと思うよ」
この話はここで終わった。
だが、私は諦めていなかった。
あくまでも目標は、敏腕使用人である。
その密偵の技術があれば、私はもっと、使える女になっている!
なぜかそんなことを思い、自分の出来る限りの密偵訓練が始まった。
まずは、人から、いかに気づかれずに行動出来るか。
侍女の仕事をしている時も出来るだけコソコソしながら、仕事をこなした。
「カミラ。 ……最近変じゃない? 妙にコソコソしてるし……」
「……そう?」
とぼけながら、仕事はきっちりこなした。
侍女長による、貴族夫人教育のときに、私は相手から情報を聞き出し方を教わりたいと進言した。
「カミラ。 それは基本の社交が出来てからですよ?
あなたはまだまだ、基礎のキも出来ておりません。
それに、情報を聞き出す技術と言うのは、あなたにはレベルが高いことだと思います。
まぁ……もし、出来るとしたら、相手に思いっきり話させて、
あなたは頷いて聞いているという印象を与えることでしょうか?
そうすれば、もしかしたら、欲しい情報を話してくださるかもしれませんね。
でも、聞き手になるというのも、かなり根気がいりますよ?」
私は聞き手になること自体、実はそんなに苦痛ではなかった。
むしろ、自分の思いを伝えることの方が難しい。
おしゃべりな妹が2人もいる私にとって、聞いているだけの方が却って楽なのだ。
私は侍女達と話す時に、出来るだけ聞き手になるよう心がけた。
そうすると、普段知らなかった侍女達の一面も知ることが出来、驚くことが多かったのだ。
実は使用人同士で付き合っているとか、大人しそうな侍女が、実は剣をたしなんでいることも分かった。
この方法は、私にとても合っていたのだ。
私はさらに、密偵になるべく、戦闘訓練をしたかったが、教えてくれる人がいない。
侍女で、剣をたしなむ人に教えてもらうことが可能か聞いてみたが、危ないし、何よりローレンツ様が許してくれないだろうとお断りされてしまった。
うーんと考えるうちに、休みの日になった。
今日はお給料がまだ出ていないので、実家には帰らず、侍女用の寝室がある侍女棟の一室で、私は部屋でぼーっとしていた。
家では休みらしい休みがなかったので、落ち着かない。
気分を変えようと、窓を開けると、建物の下でうずくまっている人が見えた。
あれは……
行ってみると、やっぱりあの人だった。
「ヴェンデル様?」
そう訪ねると、ゆっくりと顔を上げる。
「カミラ嬢……!?」
ヴェンデル様は私に驚くように、目を丸くしていた。




