あの娘……随分と目がいいのだね
「あ、姉上っ!?」
振り向くとそこには月影宮と時雨が立っていた。
「やぁ、宮、愛しの君。」
弾正尹宮を抱きしめたまま、にこやかにそう言う中務卿宮。
「……前から変態だとは思っていたけれど、まさか弾正ともそんな仲だったとはね……。」
「ち、違いますよ姉上っ!?」
「え、傷つくよ、弾正。私とのことは遊びだったのかい?」
「あなたは黙っていてくださいっ!」
月影宮の口元には小さな笑みが浮かんでいる。本気で二人の仲を勘違いしているわけではないのだろう。
「……二人とも、宮様で遊んでいないで早く行きますよ。」
「あれ、時雨君、さっきの私の挨拶には返答なしかい?」
「……ごちゃごちゃうるさいです、変態。」
「ああ、君はいつもつれないね!でもそこがまた素敵だよ。」
「やめてよ中務卿。時雨に触らないで。」
しばしくだらない攻防が続く。
「っていうか、いい加減離してくださいっ、中務卿!」
なおも抱きついたままでいる中務卿宮を全力で引き離し、弾正尹宮は彼から距離をとった。
「まったく。中務卿、弾正が可哀想だよ。初めての接吻があなたのような変態男だなんて。」
「おや、初めて、かい?」
「そりゃあそうだよ。決まってるじゃない。弾正は奥手なんだから、女性と関係をもったことなんてないに決まっているよ。」
「ちょっ、姉上っ!!」
「……宮様、奥手なんですか。世渡りは上手なのに。」
「し、時雨まで!!ああもうっ、早く行きますよっ!兄上がお待ちなんですからっ!!」
顔を真っ赤に赤らめ、スタスタと先に歩きだす弾正尹宮。
「そうだね。行こう、時雨。」
その後に月影宮も続く。
それを仄かに笑みを浮かべてながめていた中務卿宮だが、ふと笑みを消し、弾正尹宮にぶつかってきた女官が去って行った方向に視線をやった。
「あの娘……随分と目がいいのだね。」
そう、誰にも聞こえないよう小さくつぶやく。
そうして宮たちが向かって行った方角に視線を戻し、後を追う。
のちに残されたのは、静かな、一寸先も見えないような暗闇だけであった。




