別に怒ってなどないのです
桜の花散る、自然豊かで美しい国、「朔」。そう呼ばれているとおり、春を迎えた朔の都、「香崙」では満開の桜が都を桃色に染めていた。
道行く人々の顔は心なしか皆穏やかであり、朝方はまだ寒さは残るものの長い冬はすでに終わりを迎えているため暖かい日差しはとても心地のいいものであった。
そんな都の上座、時の帝の住まいでもある後宮の一角、「此花櫻」にて。
お付きの童姿の少年と、その主である少女が対峙していた。
可愛らしく整った顔立ちの童に、絶世の美少女と言っても過言ではない主が土下座でもするようにひれ伏しているという様は恐ろしく異様な光景である……。
「……ねぇ、時雨。」
「………………………………。」
「ねえったら。」
「………………………………。」
ツーン。
「ごめんって、時雨。あれはわざとじゃないんだよ。」
「…………別に、怒ってなんかないです。」
「……いやいや、怒ってるよね。」
ツーン。
「ほらぁっ!!」
「……うるさいです、宮。」
ぺしっ。
少年、こと時雨は少女の頭を空になっている茶請けの菓子の皿でぺしりと叩く。
「痛い……。ひどいよ、時雨……。」
少し涙目になりながら、少女はさりげない動作で時雨が置いた皿の上に自分のお菓子を乗せた。
「む……。」
足された砂糖菓子に、無表情がわずかに崩れる。
「ああ、これは別に君に許して欲しいからあげたわけじゃないよ。このお菓子、時雨好きでしょ?」
にっこりと微笑みながら言う少女。
「むぅ……。」
心の中で少しの葛藤があったようだが、菓子の誘惑には勝てなかったのか、時雨はその菓子に手を伸ばす。
「美味しい?」
「………ん。」
両手で菓子を持ち、頬張りながら頷く時雨の様子をみて、少女は嬉しそうに笑う。
「仲直り、してくれる?」
「それが目的ではなかったはずです。」
「えぇ〜!?」
プイと顔をそらしながら、時雨は小さく呟いた。
「別に、怒ってなどないのです。」
「え、何か言った?」
不思議そうに顔を覗き込もうとする少女から顔をそらす。
心なしか、時雨の顔がほんのりと赤いことには少女は気づかなかったーーー。




