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やがて小さなてのひらは  作者: あわき尊継


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 台所で調理するキマリを遠巻きに眺めながら、エリティアは見事に消沈していた。

 キマリは責めなかったが、人の過去を勝手に話していたのは褒められた事とは居えない。

 誤魔化しきれなかった結果とはいえ、彼女が嫌がる事実を、当の本人に言わせてしまった事も、やはり尾を引いていた。


 オムレツ作りは中止となった。

 見れば夕飯とするにはやや遅くなってしまっていて、キマリが自分の我侭でシアの食事時間をずれ込ませることを許さなかったのだ。

 いずれきっと、という言葉を置きつつも、彼女は手早く何かの煮込み料理を作っている。

 真剣な表情で、どう見ても市販品とは思えない小瓶たちから取り出した調味料を加えていく。

 最適な順番や間があるのだろう、徐々に広がっていくなんとも言えない芳醇な香りに、あれほどオムレツを食べていたエリティアでも食欲をそそられてしまう。


 沈黙が辛かった。


 オムレツ作りの時はあれほど楽しくしていられたのに、やはりキマリとの関係にはいつの間にか一定の緊張感が漂うようになっていた。


 原因は自分の言葉だ。

 再会してからは仲良くできていたのが、あの別荘でキマリに宣戦布告をして以来、彼女からは常に警戒を感じる。

 初めて遊びに来たときは自室や奥の修練所代わりの一室まで見せてくれたのに、今ではこの広間より奥へは絶対に通してくれない。出入り口から広間への間にお手洗いがあることに感謝しつつ、出来ればまた前のようになりたいと願ってしまう。


 いや、と。


 ある意味で、あの時望んだ関係にはなりつつあるのだ。


 キマリがこうして仲良く接し続けている理由はきっと、エリティアが彼女にとっての障害とはなりえないからだ。

 狙っていた称号の違いなどではない。

 キマリは、かつて無欠の天才と呼ばれた少女は、ヴァルプルギスの夜でエリティアが塔の魔女に選ばれる事はないと考えている。


 だから笑い合っていられる。


 敵ではないから、容認できる。


 あの日、姿を消したキマリがどれほど思い詰めて、どれほど絶望していたのかは想像もつかない。

 そんな彼女がシアを連れて目の前に現れた時、大切に想う人の友人にと選んでくれたことは心から嬉しかったけど、同時に不安もあった。


 エリティアだって、今日まで誰とも、何一つ揉めることなく生きてきた訳じゃない。


 意地の悪い子は居たし、クラインロッテ家の威光なんて鼻で笑い飛ばしてくる相手も居た。


 だから、下らない勘繰りだってしてしまう。


 本当に嫌いで、友だちだと思った人は心から信じていたいのに、上を目指そうと思った日から、少しずつ変わっていくしかなかった。

 それを成長と呼べるのかは分からなかったけれど。


 キマリの警戒は、少なくともこの称号を巡る一事に関して言えば、彼女にとっての脅威足りえる事の証明でもあった。


 第一回、第二回とノークフィリアの令嬢に『神無』の称号を取られ続けているけれど、決して劣っているつもりはない。


 ようやくキマリにとって、正面から見据えるに足る力を得られてきているのだ。


「よぉし!」


 気合いを入れて立ち上がると、ちょうど料理を運んできていたキマリが首を傾げた。

 お皿が二枚。一応用意してくれていたらしい。


「ごめんキマリ! 私今から家に戻って特訓するねっ!」


 名残惜しくはあったけれど、このまま一緒に過ごしていると絶対にこの熱は落ち着いてしまう。

 オムレツを沢山いただいたおかげでお腹は十分満たされている。抗い難い香気にもう既に食欲を刺激されていたが、食事の我慢は女の子にとって日常の出来事である。


「そのお皿の分はキマリが食べちゃってよ!」

「はぁ……元からそのつもりで、エリティア様の分は用意していませんが……」

「ちょっとぉ!?」


 傷付いてつっこむと、キマリはころころと笑った。


 こうしているのは好きだ。


 もっと仲良くしていたい。


 けれど、あの日彼女に言えなかった言葉が、今もエリティアの中で渦巻いている。

 決意は二年も前に終わっている。空振りしたからといって、何もかも諦めるのはあの日の自分への裏切りだ。


 だから改めて宣言する。


「第三回の選考会まであとちょっと! 私は塔の魔女になる。だから、シアとキマリにだって負けないんだからっ!」


 これでまたキマリが自分とは付き合いたくないと言うのなら仕方ない。

 仕方ないけれど、絶対にこの友情を諦めないぞと思う自分も居て、だから、ここは誤魔化したりは出来なかった。


 キマリは遅くなった食事をシアの前に置いていく。

 どこか拗ねているように感じるのは、自分の欲目なのだろうか。


 二年。いや、もう一年と半分もない。

 ヴァルプルギスの夜を越えて、この場の全員がどうなっているかは分からない。

 ただ、例え敵対することになっても、友情だけは忘れたくなかった。


 ちょっとだけ得意気に、けれど確かな決意と共にビシリと二人へ向けて指をさすエリティアだったが、突然足元から大きな物音がして竦みあがった。


「きゃあ!?」


 咄嗟にシアに寄り添うキマリ。

 少し真剣な表情を見せた彼女だったが、すぐ息をついていつも通りに戻る。

「下の方、たまに煩くなるんですよね……」


「ちょっ、ちょっと文句言ってきてやろうかしらっ」


「怖気付きながら言われましても。それに、ただでさえエリティア様が来ると周囲が物々しくなるので、下手なことをして下の部屋の方と気まずくなるのは困ります」

「そうだけどぉっ」

「一応大家さんには伝えてあります。シア様の集中の妨げになっても困りますので、解決すればいいとは思うんですけど」


 どうしたものかと、キマリにしては珍しく手をこまねいているらしい。


「う、ウチにまた来てもいいんだからねっ!?」


「さっき紛いなりにも宣戦布告をしてきた人の言う事ですか」


 どうにも格好付けきれないのが、エリティアがエリティアたる所以である。


    ※   ※   ※


 家を後にして、黒服たちの先導に従って階段を降りていく。


 そこで目に入るのは、先ほど大きな物音があったらしき部屋の扉だ。

 一応一階の通路にも黒服が居るのだが、ツツツとエリティアが道を変えて扉前に立ったことで、彼らが少し慌てた。


「大丈夫よ。ちょっと中の様子を探ってみるだけなんだから」


 流石に内部へ使い魔を送り込んで、などということはしない。

 何度も訪れている内に気付いて、先日黒服に教えてもらったことなのだが、こういうアパートメントの扉には覗き穴が付けられているのだ。レンズになっていて、外からだとはっきり見えないけれど、それとなく伺うくらいは出来る。


 本当に気軽に、覗き穴に目を合わせる。


 ぼんやりした灯りが見えた。

 部屋の照明にしてはどことなく暗く感じる。

 いや、そう思ったのは最初だけで、すぐ灯りも見えなくなって真っ暗になる。


「ん~……」


 それだけだ。


 錯覚だったのか、もう遅いから灯りを消して寝てしまったのか。


「まあいいか」


 キマリにも余計な事はするなとクギを刺されている。


 くるりと身を返すと、エリティアはのんびりアパートメントの敷地を出た。

 そこで、声が掛かる。


「…………エリティア様」


 声は上から来た。


 振り返ると、二階の通路から顔を出したキマリが、こちらを怪しむように伺っていた。


「な、なにもしてないわよっ」


「したんですね……」


「ちょっと覗いただけよっ。最初は灯りっぽいのが見えたけど、すぐ見えなくなって、あとは真っ暗だったし…………」


「エリティア様…………」


「ちがうのっ、とっちめてやろうとか考えてないもんっ」


「いえ……あぁ、まあいいです。黒服の方は理解されているようなので、どうか夜道にお気をつけ下さい」


「どういうこと???」


 答えは貰えなかった。


 会話が途絶えた後も、しばらく二人は視線を交わしていた。


 不恰好で、情けない所も見せてしまったけれど、エリティアは改めてキマリへ、シアへ宣戦布告したのだ。

 もう来るなと言われてしまうかもしれない。

 半ば泣きそうになりながら、ぐっと堪えて言葉を待つ。


 けれど先に目を逸らしたのはキマリで、彼女は言いにくそうに、何故か少しだけ悔しそうにしていて、


「オムレツ……」


「え?」


「おいしかった、ですか……?」


 エリティアは大いに頷いた。

 ぱぁっ、と花咲く笑みを浮かべて答える。


「おいしかった!」


「そうですか」


 またも沈黙が降りる。


 そんな中エリティアは、何故か嬉しそうにもじもじ身体を揺らしていた。


 対し、キマリは不機嫌そうに、こちらへ目を向けないまま言うのだ。


「次は……もっとおいしく作りますから。それだけです」


 そそくさと身を返して、扉が開け閉めされる音を聞いた。

 取り残されたエリティアは、やはり、こぼれ出る笑みを抑えられず花を咲かせていたのだった。


    ※   ※   ※


 そして、一階の扉の覗き穴から、またぼんやりと灯りが見え始めるのは、エリティアが馬車で去った後になってからだった。





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