ファンタジーとホラー
いつもありがとうございます。
今回は『ホラーとファンタジー』
ファンタジーとホラーというのは、非常に似通ったジャンルであります。
どちらも、この世のことでない『不思議』を描くジャンルですけれども、思うにホラーの方が、不条理を良しとする傾向があるように思えます。
たとえば、ゾンビが現れて、町を攻撃するとしましょう。
武器を持って戦うことは、ファンタジー作品でもホラー作品でも可能ですが、おそらくそのゾンビが現れるという理由というのを、ファンタジーであればある程度の論理付けが求められますが、ホラー作品の場合は、なくても許されます。(許されるだけで、あったとしてもかまわない訳ですが)
ホラーとされるジャンルの場合、人間の恐怖感をあおらねばなりません。
ひとは、『知らないこと』『わからないこと』に対して、非常に恐怖を感じます。
暗闇から『ばあっ』と現れる怪物がありますが、あれ、怖いというより、びっくりするというわけで、本当に怖いシーンというのは、闇の中で『何かいるのかいないのか』という場面ですよね。
三流の恐怖映画だと、恐怖と気持ち悪さを取り違えた作品が多く、それはなんか違うだろう、と思うわけでございます。
さて。そんな恐怖に理論的な結論を与えると、ホラーミステリーになるわけですね。
さて。『夜市』という恒川光太郎先生のホラー小説。これは、どこかファンタジーの香りがするものです。
主人公が異世界で開かれる市に出かけるわけですが、どこか郷愁を誘う、それでいて恐い世界。
不条理、というほどではないお話ですが、結論が怖い(笑)
思えば、転移の主人公が、突然モンスターを退治しろと言われたら、たぶん、心情的にはホラーじゃないかと思うのです。
いくら能力があると言っても、人間喰らうような肉食モンスターと、フツーはすぐには戦えません。
これは、昔から、フツーの高校生が魔王を倒せと言われて、お出かけするような話を読むたびに、プチ感じていた違和感ですね。クマと素手で戦うような猛者なら、まあ、平気なのでしょうけど。
加えて、見たこともないモンスター、絶対恐いです。
わたしゃ、草食ってわかっていても、トリケラトプスを倒せって言われたら泣きます。
まあ、好奇心というのはございますので、『見たい』という欲求はかなりございますけれども。
好奇心、猫を殺す、という言葉がございますが、恐怖に打ち勝ついちばんの感情は、この好奇心というやつでございましょう。
ファンタジーの登場人物(できれば主人公)は、好奇心が強くなくてはいけません。
ただ、その世界の恐怖におびえていては、その作品はホラーになってしまいますから。




