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その後1 笑顔

【五味武史視点】


 ――慣れた。

 一ヵ月も経つ頃には、家族のいない生活にも適応した。


 もっと寂しさや虚しさを感じるかと思ったが……意外と平気だった。


(お袋も一華も、所詮は他人でしかなかったってわけか)


 一人きりの家は思ったよりも快適だ。

 やはり、俺に家族という存在は不要だったということだろう。むしろあの二人がいた時よりも、居心地が良いと思えるほどだ。


「ははっ。悪くねぇな」


 無意識に独り言が漏れた。

 本音を言うと、恐怖がなかったわけじゃない。


 もしかしたら、お袋と一華がいなくなって辛いかもしれない――と。

 だからここ一ヵ月は友人や女の家を歩き回っていた。なるべく一人になりたくなかった。


 でも、一ヵ月も経つ頃にはすっかりあの二人がいない生活に慣れていた。もうこれからは怖がる必要もないだろう……この家で悠々自適に過ごせばいい。


 家族を気にせず、誰でもこの家に連れ込むことだってできる。ちょうど、友人たちと集まれる場所も欲しかったところなので都合がいいだろう。呼べば来る女も複数確保してある。


 つまり俺は、自由だ。

 お袋と一華がいた時よりも、楽しい生活を送れる。


 そう考えたら、この生活も悪くない……いや、むしろ良いと思えてきた。

 よし、じゃあ景気づけに女でもつれ込むか。香里……は最近あまり付き合いが良くねぇし、別に都合がいい奴は誰かいたか?


 とりあえずスマホで適当な女に連絡を入れた後、そういえば部屋のベッドがほこりっぽかったことを思い出した。一週間前に帰って来た時は汚かったので、仕方なくリビングで寝たのである。


 さすがに行為はベッドでしたいので、軽く掃除でもしておくか。

 と、いうわけで……自分の部屋に行って、電気を点ける。それから、なんとなく気になって窓に近寄った。


(そういえば、あいつらは今……どうしてるんだ?)


 部屋の窓からは、巧の部屋が見える。

 もちろんあっちのカーテンが開いていたら、だが……普段は閉まっているようなので、様子は見えないかもしれない――と思ってカーテンの隙間から覗いてみると、少しだけ巧の部屋が見えた。


 カーテンがわずかに開いていたのだ。

 細い隙間だ。視界は悪い……だが、そこから寝間着姿のお袋と一華が見えた。


 どうやら、今から眠るらしい。


(なんで、巧の部屋で……っ!)


 恐らく、この部屋で眠るのだろうが。

 どうして別の部屋じゃないんだ? 巧の家なら、くたばった爺たちの部屋も空いていたはずだが。


 嫌な予感がした。

 まさか、そんなこと有り得ないと思うが……巧も一緒じゃねぇだろうな?


 ……分かっている。

 こんなこと、今更知ったところで意味なんてないことを。

 あいつらが巧と一緒かどうかなんて、俺に関係はない。


 それに、もし巧がいたらきっと俺は不快感を覚えるだろう。お袋と一華なんてどうでもいい他人だが、前は家族だったのだ。裏切られたような気分になることは間違いない。


 だから、見ない方がいい。

 目線を切って、ベッドを軽く掃除して、女が来るのを待てばいい。


 そんなことわかっているのに……目が離せなかった。


 どうしても確認したくて、ジッと部屋の様子を見つめていたら――ついに、恐れていた顔が見えてしまった。


「ちっ」


 舌打ちがこぼれた。

 窓の方に、忌々しい巧の顔が見えたのである。


 やっぱり、あいつも一緒か……イライラする。しかしそれでもなお、視線は外せない。


 ただただ、隙間から巧を睨みつけていた。

 俺の部屋のカーテンは閉じていて、その隙間から隠れるようにして目だけを出しているので、あいつがこちらに気付くことはないだろう。


 だが、睨まずにはいられなかった。


「……クソがっ」


 だって、笑っていた。


 一瞬だけこちらに向けられた巧の顔が、明らかに笑っていたのだから――。

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