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九十一話 幸せの価値

「失せろ。目障りだ……そのつまんねぇ顔を俺に見せるな」


 花菜さんと一華ちゃんとは、それなりに別れの言葉を交わしていたが。

 当然、俺に対して特別な思いは無いようだ。犬を追い払うように乱雑に手を振っている。


「……そうか」


 俺としては、色々と言ってやりたいところなのだが。

 残念ながら、口の中を怪我していて話す気分になれなかったので、早々に立ち去ることにした。


 まぁ、これで武史との関係はなくなるのだ。

 俺からもかける言葉なんてない。幼馴染とはいえ所詮は他人だ。こいつの人生がどうなろうと、俺にはどうでもいい。


 そう思って、俺は無言で立ち去ろうとしたのに。


「――せいぜい、底を這って生きてろ。虫みたいに、な……俺はてめぇみたいな負け犬とは違う。成功して、成りあがって、金持ちになって、いい女を抱いて……勝ち組になってやる。幸せに、なってやる」


 頼んでもないのに、決意表明をしてきた。

 お前がどうなりたいかなんて、知らないよ。勝手にしてろ。


 勝ち組とか負け組とか、そういう思想が俺にはない。

 そもそもの話なのだが……お金を持って、素敵な女性を抱くことが、幸せなのか?


 俺には決して、そう思えない。




「そんなくだらないものよりも――家族がいる方が、俺は幸せだと思うけどな」




 お金で買えないものって、存在するんだよ。

 どんなに祈っても、努力しても、手に入らないものがある。


 俺にとって……両親と祖父母を失った俺にとって『家族』とは、まさしくそれだ。

 俺と似た境遇のお前だって、そう思ってもおかしくないのにな。


「おいおいw 家族なんて、所詮は他人だろ。血がつながっていようといなくても関係ない。他人の価値なんて、高が知れてるだろ。まぁ、まったく価値がないとは言わないが……それよりも『上』の幸せを、俺は手に入れてやるさ」


 血のつながった両親に見放された武史。

 血のつながった両親に先立たれた俺。


 お互い、立場は似ている。

 でも、思想は真逆だ。俺と武史が欲するものは、まったく異なっていた。


「だから、巧……『勝った』と思ってんじゃねぇぞ。俺はお前に負けたわけじゃねぇ。お袋と一華に免じて、見逃してやるだけだ」


 長々と、何が言いたいのかと聞いていれば……なるほど。

 結論は、そこなのか。


 武史は、俺に負けることを許容できない。

 笹宮巧という人間を、何よりも格下だと思っているから。


「お前程度が、俺に勝てるわけねぇんだよ」


 そんなくだらないことに拘っているから……お前は、本質を見失ってしまったんだろうな。


 哀れに思うよ。心から。

 武史……お前のことを、可哀想に思うよ。


「……そうか。じゃあ、俺はもう行くから」


 返事は、する必要もない。

 さよならも、当然告げない。


 そのまま俺は武史に背を向けて、歩みを進めた。

 花菜さんと一華ちゃんが待つ、玄関へと。


 そして武史はこれ以上、何も言わずに俺たちを見送った。


『ガチャッ』


 玄関の扉が、音を立てて閉じる。


 これにて、終わりだ。

 武史との決着が、ついた。


「「…………」」


 ただ、外に出ても花菜さんと一華ちゃんの表情は暗い。

 武史に対して、少なからず強い感情を覚えているのだろう。


 でも、それを口にする必要はない。

 だってもう、あいつは俺たちの人生に関係ないのだから。


 だから、明るい声で俺は二人に声をかけた。


「じゃあ、帰ろう――俺たちの家に」


 その声に、花菜さんと一華ちゃんは……。


「……ええ、そうね。帰りましょうか、私たちのお家に」


「……うん! そうだね……わたしたちの家に、帰ろうっ」


 笑って、頷いてくれた。

 武史への思いを、振り払うように。


 武史のことは何も言わずに、家へと帰宅するのだった――。

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― 新着の感想 ―
かなり重い内容になってハラハラしながら経過をみましたが無事にまとまってホッとしました
[一言] はじめは、いくら不味い状況とはいえ(高校生男子の)主人公の家にまだ若い母娘が住むのはどうかなと思っていたが、明らかにこの自宅でクソと一緒に居るほうが危険すぎる。 やな言い方だが、同じくクソ…
[一言] なんで主人公がとんでもないヘタレに見えるのかわかった、霜月さんはモブが好きの時みたいな主人公の見せ場がなくてずっと言い返さないからや
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