九十話 結局、兄としての愛情なんてなかった
発言こそ、不快ではあるが。
しかし……武史のことを、少しだけ見直している自分がいた。
だってこいつは、こいつなりに一華ちゃんのことを心配しているのだ。
「まぁまぁ、落ち着けって。話は最後まで聞け……巧はな、人を見る目がないバカだ。なんて言ったって、あの香里を好きになったんだぞ? ノリが軽いだけで、中身のない薄っぺらいあのバカ女を、普通は好きになるわけがない。しかも、何年も片思いして……本当に信じられねぇよ」
よっぽど、武史は俺と一華ちゃんが親しくなることが嫌らしい。
感情的な理由もあると思うが、それ以上に……こいつは、俺のことを全く評価していないようだ。
「ノリも軽ければ、態度も軽い。尻も軽くて、男に簡単に体を許す。真剣な話をすると嫌がって、将来を考えることを放棄して、今を楽しめればいい――そんなバカな女を見抜けない人間が、巧なんだよ。一華……関わる人間は選べ。巧みたいな、頭がお花畑になってる間抜けは絶対に選ぶな」
あまりの言われように、さすがに少し不快に思う。
まぁ、全部が全部間違えてはいないので、言い返す気分にはならないが……とはいえ、一華ちゃんの方も不快そうだ。
「たくみにぃは、兄貴に見えていないものが見えているだけでしょ? むしろ、そんな香里さんのいいところを見つけられる、素敵な人ってことだから」
「あのなぁ……巧は結局、他人にいいように利用されて終わるだけの人間だって、どうして分からない? 今だってお袋に利用されてるだろ? こいつはこうやって、損をすることしかできない人間だ。お袋と同じで、な……でも、お前は違う。一華、大人になって考えが変わったら、俺のところに来い。損はさせないから」
「もういい……絶対に、兄貴のお世話になんかならないから」
いい加減、一華ちゃんはうんざりしている。
「これ以上話しかけないでっ」
くだらない余計なお世話を断固拒否して、会話を打ち切った。
武史に背を向けて、花菜さんのいる玄関の方へと向かう。
そんな一華ちゃんの後姿を、武史は名残惜しそうに見つめて……それから、こんなことをぽつりと呟いた。
「ちっ。そろそろ食べごろだったのになぁ」
……最低だな、こいつ。
小さく吐き出された言葉は、少し距離の離れた位置にいる花菜さんと一華ちゃんはうまく聞き取れていないように思う。そもそも、聞いていたとしても、言葉の意味が理解できたかどうか分からない。
でも、男の俺にはなんとなく分かった。
こいつ、もしかして……一華ちゃんのことも、性的な目で見てたのか?
だとしたら、ゾッとする。
面倒を見る、という言葉も……違う意味に聞こえてくるから、恐ろしいものだった。
なるほど。武史が今の状況になっても、一華ちゃんの悪口だけは一言も発していない理由が分かった。こいつにも兄としての少しは愛情があったのかと思っていたのだが……嫌われないようにしていただけ、か。
「クズが」
だから、思わず漏れてしまった。
今、俺は武史に最も近い位置にいる。だから俺の小声も、あいつには届いていたらしい。
「……いい体してるからな。血がつながっていないとなれば、そりゃあもちろん――な」
汚い笑みを向けられて、俺は心の底から嫌悪感を抱いた。
良かった……花菜さんと一華ちゃんをこいつから引き剥がすことができて、本当に良かった。
もし、これからも武史が二人と一緒にいたら……いずれ、二人とも武史にいいように貪られていたかもしれない。
色々な意味で、花菜さんと一華ちゃんは武史に消費されていたかもしれない。
そんな、武史だけが幸せで、二人が不幸になるのは……想像すらしたくない、最悪の未来だった――。




