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九話 贖罪の愛情

 どうやら俺は、膝枕をされているらしい。

 もちろん恥ずかしい気持ちはある。でも、拒絶するにはあまりにも寝心地が良いせいで、目を開けようと思えなかった。


 だから何も言わずに目を閉じたまま、体の向きを横にした。

 仰向けだと花菜さんにのぞき込まれている状態なので、せめて視線をずらして恥ずかしさを軽減させたかったのである。


「……そのままで大丈夫なら、眠ってもいいわよ。私に気を遣わなくてもいいからね」


 そう言いながら、花菜さんは俺の頭に手を置いた。

 優しくなでるように指を這わせている……こそばゆいが、不思議と気持ちが安らぐような心地良さがあった。


 ……不思議だ。

 さっきまでは、眠れる気が全くしなかったのに。


 布団をかぶって、花菜さんが膝枕をしてくれたら、すぐに眠気が訪れた。


 あ、眠れるかも……と思ったころには、すでに意識がかすんでいた。半分夢の世界に入っていたのである。


「ごめんね、巧くん……眠れないほど傷つけちゃって、ごめんね」


 だから、こんなことが聞こえてきたのだが……正直、夢か現実化の判断は、つかなかった。


「顔の傷も、すごく痛そうだね……本当に、ごめんね。せめて、私が……巧くんが元気になるまで、そばにいるからね」


 何度も繰り返される、謝罪の言葉。

 花菜さんが悪いわけじゃない。


 そう言ってあげたいところだが、もう眠っていたので俺は何も言えなかった。


 いや、あるいは……今の状況が心地良いせいで、言いたくなかったのだろうか。


 贖罪からくる愛情でも、俺にとってはすごく暖かいもので。

 もし、母親がいたら……こんな感じなのだろうか? と、思ったら、なんだか何も言えなくなったのである。


 そうして俺は、眠りにつくのだった――。





 ――夢を見た。

 出てきた人間は、最悪なことに……武史だった。


「巧、悪いな。買い物に付き合わせて」


「なんだよ……珍しくいつもより礼儀正しいな。お前、本当に武史か?」


「うるせぇ。俺だって礼儀くらい知ってるんだが?」


 夢の中の俺たちは、今よりも少し幼い顔立ちをしていた。

 歩いている場所は……駅の近くのショッピングモールか?


 風景を見て、なんとなく夢の全容を把握した。

 これは、思い出だ。たしか中学一年生のころ……武史と二人で、買い物に行った日の出来事だ。


「昨日、母の日のプレゼントを買いに行くって言われたときは驚いたよ……武史も少しずつ、大人になってたんだって」


「う、うるせぇ! からかうなよ……俺だって恥ずかしいんだからなっ」


 この時期の武史は、今よりも随分と可愛げがあった。

 何せ、中学一年生という思春期真っ盛りの時期であるにもかかわらず、あいつは母の日にプレゼントを買いたいと言って俺に同行を頼んだのだ。


 いつもは母や妹のことを『うぜぇ』としか言わないくせに、なんだかんだ大切に思っているだなぁと思ってホッコリしたことを、よく覚えている。


 夢に見るくらい、俺はあの思い出を……大切にしているのだろう。


「でも、お袋は俺のこと……大変だろうけど、ちゃんと育ててくれたから。こんな日くらい、プレゼントをあげないと報われないだろ?」


 ……あの当時はまだ、この発言の真意が分からなかった。

 でも、花菜さんの身の上話を聞いた今なら、分かる。


 武史は花菜さんと血がつながっていない。だからこそ、育ててくれたことを感謝していたのだろう。


「お前、あれか? もしかして……マザコンか?」


「ち、ちげぇよ! そんなんじゃねぇからな!?」


 冗談のつもりでからかったのに、武史はかなり本気で怒っていた。

 図星だったのだ。武史は母親のことを、すごく愛しているのだから。


「まぁまぁ、落ち着けよ。ほら、一華ちゃんに似合いそうな髪留めもあるぞ? ついでだしあの子にもプレゼントをあげたらどうだ? お前、シスコンでもあるし、ちょうどいいだろ」


「シスコンでもねぇよ! 巧……てめぇ、調子に乗んな!!」


 とか言いながら、あいつはちゃんと一華ちゃんのプレゼントまで買っていた。

 俺はからかいながらも、家族を大切にしている武史のことを、すごく……いい奴だと思っていた。


「お袋も、一華も……喜んでくれるといいな」


 帰り道。不安そうにそう呟くあいつに、俺はなんて言っただろう?

 それからのことは、よく覚えていない。だからなのか夢も曖昧になっていて、もやのように霧がかかっていた。


 ただ一つだけ、鮮明に見えたのは武史の横顔だけだ。

 母と妹を思って微笑むあいつの顔だけが、ハッキリと見えた。


 ……こんな顔をする奴なのに。

 どうしてお前は、あの二人を裏切れたんだ?


 俺を裏切るのはまだいい。

 でも、どうして……花菜さんと一華ちゃんが知ったら傷つくような真似を、しちゃったのだろうか。


 そんなことを考えていると、不意に視界が暗転した。

 ハッと目を開けると――もう夕方だった。






「ん……ぁ?」


 寝ぼけ眼のまま体を起こす。

 まず、自分がなぜリビングにいるのか思い出せなくて、困惑したが……すぐに眠る寸前の状況を思い出して、今度は周囲を見渡した。


 そうだ、俺は花菜さんに膝枕してもらって眠ったんだ。

 もしかしてずっと花菜さんは膝枕してくれていたのか……と、心配になったのである。


 だが、それは杞憂に終わった。

 先程、俺の頭があった位置にはちゃんとした枕が置いてあった。俺が眠った後に、花菜さんが持ってきてくれたのだろう。


 枕が変わったことにまったく気づかなかった……それくらい深く眠れたらしい。

 夢を見た気もするんだけど、なんだかよく思い出せない。たしか、武史が出てきたような、出てきていないような……まぁ夢の事なんてどうでもいいか。


「ふぅ……」


 息をついて、軽く伸びをした。

 眠ったおかげで気分はだいぶ楽になっている。空腹感あったので、食欲も戻っていた。


 もしかしたら、花菜さんがお昼ごはんか夜ご飯を作ってくれているかもしれないので、それを食べよう……と思って、ようやく花菜さんがいないことに気付いた。


 その代わりに、テーブルの上に書置きが残されていた。


『巧くんへ。一華が帰ってくるので、私も帰ります。夜ごはんは冷蔵庫に入れてあるから、温めて食べてください。また明日来ますね。今日はゆっくり、休んでください』


 五味家には武史の他に娘もいる。名前は五味一華いつみいちかちゃん。花菜さんに似てとても可愛い子で、昔は俺のことを『たくみにぃ』と呼んで懐いてくれていた。


 小学校高学年になったくらいから、あまり話してくれなくなった……今年でたしか、中学三年生になるだろうか。


 もうすっかりお姉さんだ。俺のことも忘れているだろうなぁ……寂しいけど、こればっかりは仕方ない。


 そう思っていたのだが。

 まさか、この日の夜……一華ちゃんが我が家に来ることになるとは、この時はまだ知る由もなかった――。


お読みくださりありがとうございます!

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これからもどうぞ、よろしくお願いいたしますm(__)m

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