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八十八話 自業自得

 止まらない。


「だいたい、親父と結婚したのも、血の繋がっていない俺を引き取ったのも、あんたの選択だろ? 嫌なら断ればよかったんだよ。それがうまくいかなかったからって、俺と親父に責任を押し付けて、あんたは被害者面で……全部自分の責任だろうが」


 武史の恨み言が、次々とあふれ出てくる。

 それに対しては、花菜さんは――。


「武史……」


 ――何も、言い返さない。

 とはいえ、別に武史の言葉に傷ついているわけでもなさそうだ。


 なんというか、武史を見る花菜さんの目は……まるで、事故に遭ってケガをした野良犬を見ているような、そんな同情的な目だったのだ。


『最後くらい、好きに言いなさい。言いたいことは全部、聞いてあげるから』


 まるで、そう告げているかのような態度である。

 こんな状況に至ってなお、母親らしく武史の不満を受け止めようとしている。


「気が弱いことも、警戒心が緩いことも、言い訳にはならねぇ。あんたの人生は、あんたの意思の結果だ。俺も親父も、望んであんたを不幸にしたわけじゃねぇ……これだけは、ちゃんと理解しておけよ」


 そして、こんな状況に至ってなお、武史は花菜さんの優しさに気付くことなく、好き勝手に悪態の限りを吐き捨てていた。


 本当に、どうしようもない人間だ。

 こうして俯瞰的に見ると、なるほど。花菜さんの気持ちも少しは分かる気がする。


 育ててくれた大切な人との別れで、こんな罵倒を浴びせることしかできないなんて。


 あまりにも……可哀想だった。


「ふぅ……まんまと出し抜かれたことには腹が立つが、まぁいい。お袋と妹を失う代わりに、これだけの金を得られたのなら……むしろ俺にとっては悪くない取引か」


 その言葉すら、言い訳にしか聞こえない。

 必死に、自分を納得させようとしているようにしか、感じない。


「上等だよ。これでようやく、貧乏な思いをしなくてすむ。あんたの顔色を窺わずに自由に遊び歩ける。あんたの小言も聞かずにすむし、一華の面倒も見なくてすむ。清々する……あんたの言う通りだな。これで俺は――自由だ」


 と、そこまで言って武史は、口を閉ざした。

 数秒の無言が挟まる。そこでようやく、花菜さんが言葉を発する。


「……言いたいことは、全部言えた?」


 まだ、言えないことがあるんじゃないの?


『ごめんなさい』


 まだその気持ちが残っているのなら、聞いてあげる――そう、花菜さんは告げていた。


 本当に、優しい人だから。

 最後の最後まで、花菜さんは『武史をいつか許せる理由』を作ろうとしてくれている。


 いつか、何かが起きて……武史が花菜さんに連絡をすることがあるかもしれない。その際に会ってもいいと思える理由を、花菜さんは欲しがっている。


 でも、その思いは――もちろん、届かない。


「失せろ。もう二度と会うこともねぇだろうな……あんたの子供でいたことを、俺は恥ずかしく思う。せいぜい、一華を不幸にするなよ……俺みたいに、な」


 最後の最後まで、悪態ばかり。

 その言葉を聞き遂げて、花菜さんは……小さく、頷いた。


「そう。分かったわ……恥ずかしい親でごめんね。私は、あなたと過ごせた時間を、宝物のように思っているからね」


「今更そんなこと言われても困るんだがw 大人になる前に捨てられた俺に、よくもまぁそんなことが言えるなぁ」


「……じゃあ、さようなら」


 別れは、あまりにも劣悪で。

 もう二度と、花菜さんと武史の人生が交わることはないことが、確定した瞬間だった。


 武史……お前はいつか、このことを後悔するだろうな。

 もっと大人になって、今よりも気持ちが落ち着いて、自分の人生を振り返った時に、きっと……花菜さんと一華ちゃんを、恋しく思うだろう。


 幼馴染だから、分かるよ。

 もしお前が、道を踏み外すことなく大人になれたら……自分の過ちに、いつか気付いてしまうはずだ。


 武史。お前はバカじゃない。気付けてしまう、人間だ。

 だからこそ、この別れを残念に思う。


 幼馴染の人生を思うと……可哀想で仕方なかった。


 まぁ、うん。















 自業自得、だけどな――。

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― 新着の感想 ―
すべてのことが自業自得...
[良い点] 負け犬のオーボエ。 当然武史のな。 [一言] 弱い犬ほどよく吠えるというが、こんなバカといぬを一緒にするのはいぬに悪いな。
[一言] 敢えてこの台詞を言っていたのなら格好良すぎるんですけどねぇ。
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