八十六話 殺してやる
まず、俺が五味家の問題に介入する。
それから武史を怒らせて、突き飛ばさせる。
その際、わざと大きな物音を立てて、花菜さんと一華ちゃんを呼び込む。
そこから話し合いに持ち込んで、武史に二人との離別を納得させる。
もし納得しないか、あるいは武史が怒りのあまり話にならない場合は、警察に通報して公的な機関に相談する。
そういう流れを取り決めて、今回の計画を実行したわけだが。
俺が意図的に被害を大きくしたことで、武史の立場はかなり悪くなった。
実際問題、もし俺が殴られていなかった場合は……警察に通報したところで、家庭の問題としてあまり真剣に取り合ってくれなかった可能性が高い。武史も警察の存在を怖がることもなく、あるいはもっと話し合いは難航していたかもしれない。
だが、俺が流血している以上、武史だって身の振り方を考えざるを得なくなった。ここで感情のままに暴れて警察に通報されてしまうと、あいつは少なからず損をすることになる。学校側にも連絡がいくだろうし、より大きな問題へと発展していくことだろう。
もう五味家だけの問題で済む話ではなくなりつつある。これこそが、第三者の俺が当事者になることの影響でもあった。
そのことを武史も理解しているのだろう。
「…………」
さっきから何も言わずに、ただただ花菜さんを睨んでいる。
怒りはまだ収まっていないのは表情で分かる。だが、ここで判断を誤ると、武史の人生は歪む。
そうなることを、こいつは嫌がっていると断言できた。
幼馴染だから、武史のことはよく分かっているのだ。
「そういうことかよ……変だと思ってたんだ。巧がやけにおかしい要求をしてくるからよぉ……おかしい、ってなぁ」
先ほどまでは感情的だったが、今は少し理性が働いているようだ。状況を把握したみたいで、こいつはようやく気付いたらしい。
「――俺をはめたな?」
これが、意図されて生まれた状況だということを。
「なるほどな。頭の弱いお袋にしては変に話がまとまってるのも、巧の入れ知恵か。それなら理解できる……最初から、手を組んでたってことか」
俺が花菜さんと一華ちゃんを要求したこと。その二人がタイミングよく登場したこと。そして、花菜さんの提案があまりにも筋が通っていて、かつお互いにとって利点のある、合理的なものだったこと。
総合的に状況を見てみると、事の流れが綺麗すぎる。
仕組まれたものでもない限り、逆に不自然だと思えるほどに。
それを理解して、武史は――殺意をにじませた。
「殺してやる」
「っ……!」
「ひっ……」
その一言を聞いて、花菜さんと一華ちゃんは息をのんだ。
でも俺は、まったく怖くなかった。
何故なら、そんなことこいつができるはずないと分かっているからだ。
やんちゃなようで保身的なこいつが、そんな真似をするわけがない。
「本音は、殺してやりたい。巧――お前を、な」
うん。分かってる。
お前が俺を憎んでいることも、恨んでいることも、ちゃんと伝わっている。
その上で、もう実行する気がないことも。
「だが、お袋と一華に免じてそれだけはやめてやる。ちっ……うまく逃げ道を用意しやがって。もし俺を警察に突き出していたら、お前を道連れにしてやれたのによぉ」
……そうだな。
俺も、花菜さんには感謝しないといけない。
もし、俺の『武史を警察に突き出す』という提案が通っていたら、こいつは俺を巻き込んでいたかもしれない。
なんだかんだ、俺も少し感情的になっていたのだろう。
武史を不幸にすることを優先しすぎて、少し視野が狭くなっていたようだ。
危うく、計画が破綻するところだった――。




