八十三話 許せないこと
何を言っても花菜さんは折れない。
何故なら、武史の今までの行動でもう愛想が尽きているから。
どうやらそれを察したようだ……視線をさまよわせて、それから今度は――一華ちゃんに焦点を当てた。
「い、一華……お前は嫌だよな? この家から離れることになるんだぞ? 家族が壊れる寸前なんだ……お、お前からも、お母さんに言ってやってくれ。俺のこと、可哀想だろ?」
ずっと黙っていた一華ちゃんを巻き込むあたり、やっぱりこいつは自分のことしか考えていないのだろう。
怖がらせていることの罪悪感がないからこそ、軽々しく話しかけられるのかもしれない。
でも、一華ちゃんだって……武史に対して、思うことがあるわけで。
「……そうだね。家族が壊れるのも、この家から離れるのも、本当は嫌だよ。兄貴のことも、可哀想だと思う。だけどね……それ以上に、わたしは兄貴のことを許せない」
彼女だって、怒っている。
何故なら、大切な人を傷つけられているのだから。
「お母さんに、こんなこと言わせないでほしかった。兄貴が……兄貴が普通にしていたら、お母さんを苦しませることなんてなかったんだよ? 辛い思いもさせずにすんだ。兄貴がバカみたいなことをしていなければ、今頃……私たちは、いつも通りお母さんの手料理が食べられてた。それなのに、兄貴のせいで――全部、壊れちゃった」
ともすれば、花菜さん以上に。
一華ちゃんは、武史のことを軽蔑している。
「ねぇ、兄貴……なんで普通の『おにぃちゃん』でいてくれなかったの? 昔みたいに、優しい『たけしにぃ』でいてほしかった……! お母さんのことを『お袋』って呼んで、私に『兄貴』って呼ばせたくらいから、なんかずっと変だよっ」
……なるほど。実は少し、一華ちゃんの武史の呼び方が気になっていたのだが、ようやく分かった。
彼女の言う通り、幼い頃は武史のことを『たけしにぃ』と呼んでいた。しかし、再会した時には武史のことを『兄貴』と呼んでいて、ずっと引っかかっていたのである。
一華ちゃんらしくない、少し乱暴な呼び方だなぁ……と。
きっと、気恥ずかしくなって武史が強引に呼び方を変えさせたのだろう。『たけしにぃ』と呼びかけることが、一華ちゃんなりの親しみを込めた愛情表現だったとも知らずに。
「なんでそんなにおかしくなったの? どうして……たくみにぃの彼女さんに手を出したりしたの? なんで――たくみにぃを、こんなに傷つけたの? わたしは絶対に、許さないから」
一華ちゃんにとっての『大切な人』。
それはもちろん、母親である花菜さんのことでもあり……それから、自分で言うのもなんだが、俺のことも含まれているようで。
「それに、兄貴は知ってたよね? わたしがたくみにぃのことを好きだったこと……それなのに、わたしに身を引けって言ったことも忘れてない。たくみにぃが初恋の人と付き合うように協力したことも、知ってる……わたしの味方をしないで、たくみにぃを遠ざけようとしていたことも、気付いてる!」
……どうやら、俺が思っているよりも一華ちゃんは武史の被害にあっていたらしい。
俺から身を引いたのは、自分だけの意思じゃなかったのか。
決して俺に言うことがなかったのは、言い訳になるから――だろうか。
しかし、やっぱり一華ちゃんの立場としては、武史に味方になってほしかったのかもしれない。
だって、一華ちゃんにとってそれは『初恋』だったのだから。
「それは、俺なりに……お前のことを考えてやってたんだろっ。お前は巧よりももっと上の人間と付き合える容姿なんだぞ? 巧だともったいないから、お前のためを思って――」
「……そういうのが、すっごく嫌だった。わたしのためを思ってとか言って、変なことをよく押し付けてたよね? 洋服の好みとか、仕草とか、趣味とか……わたしは兄貴の所有物じゃないのにっ。思い通りにしようとしないで!」
花菜さんにとって武史は子供だ。だからこそ、特別な感情だって抱いていた。
しかし、一華ちゃんにとって武史は兄でしかない。しかも、血がつながっていないわけで……年が近い分、あいつの存在はかなり生々しかったのかもしれない。
「怖いよ、兄貴は……すっごく、怖い。色んな意味で、怖い。理解できないの。家族だったのに、ずっと意味が分からなかったの。だから、別にいい……わたしは、お母さんさえ守れたら、それでいい。お母さんがちゃんと幸せになってくれるなら――それが、一番いいの」
一華ちゃんは、絶対に許さない。
花菜さんよりも、強く……彼女は、武史を拒絶していた――。
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