八十一話 戸籍上だけの親子
とうとう、花菜さんが別離を告げた。
普段の優しい態度とは違う冷たい態度に……武史も激しく動揺していた。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ……冗談だろ? お袋、あんたは本気で――俺を捨てるのか? まだ未成年なのに、路頭に迷えってことかよ……!」
「冗談じゃない。本気でそう言ってる。でも、路頭に迷えなんて言ってないわよ。呆れた……被害者ぶるのだけは上手ね」
「だ、だって、お袋が……俺を不幸にするってことだろ? だったら、あんたは加害者だろうがっ」
「ええ。別に、私は自分が被害者だなんて言ってない。もちろん、分かっている上であなたを不幸にするわよ。でもね……武史。私が加害者だからって、あなたが被害者になるわけじゃない。あなた『も』加害者なのよ」
被害者と加害者。
その立場で分けて考えるとするならば……花菜さんに加担している俺もまた、加害者に分類されるだろうか。
この場において、明確な被害者と言えるのは――一華ちゃんだけである。
彼女だけは、巻き込まれているだけだ。
「本来なら、私も不幸になるべきかもしれない。あなたと心中する覚悟で、あなたと向き合う……子供があなただけなら、そんな人生を選んでいたでしょうね。でも、私には一華がいる。この子を絶対に、不幸になんてさせない」
花菜さんが不幸になると、一華ちゃんが悲しむ。
何の罪もない彼女を傷つけることは、絶対にあってはいけない。
そのために、花菜さんはちゃんと決断したのだ。
「あなたを守っていたら、私は私を守れない。だから私は、傷つけることしかできないあなたから離れることにしたの。一華を、これ以上悲しませたくないから」
母親思いで、心優しい娘のためにも。
それから、花菜さん自身のためにも。
二人のために、武史という存在はあまりにも害悪なのだ。
故に、離れることが最善の選択となる。
「ただ、さっきも言ったけど、路頭に迷うことはさせないわ。数年分の生活に必要なお金と、学費は用意してある。通帳を置いていくから、その口座から自由にお金を使いなさい? あと、住む家もここを使っていいわ。私と一華は、出ていくから」
花菜さんに未練はないらしい。
武史と、それからこの家に対しても、躊躇いはないようだ。
「この家はもともと……あの人から養育費代わりに譲りうけた住居なの。ずっと、忌々しかった……あの人の生活痕を見るたびに、嫌な思い出が蘇った。生まれた時から住んでいる一華には悪いけど……離れられて、清々するわ」
子供のために、ずっと我慢していたのだろう。
引っ越しをあっさりと承諾したのも、そういった理由があってのことだったらしい。
「それで? 金銭面と住居の問題はないけど、他に心配はある?」
「……た、足りるか分からねぇじゃねぇか! お金、どうせ少ないんだろ? 片親のせいで、うちはずっと貧乏だったからな!」
「はぁ……片親でも頑張ってきた私に、よくもそんなことが言えるわね。もういいけど……お金は十分な額があるわよ。そこは安心しなさい。これで足りなくなるのなら、それはあなたの使い方が悪いだけよ。これ以上は関与しない。お金を無心されても絶対に助けることはない。ちゃんと理解しておいて」
貧乏だと、武史はよく愚痴をこぼしていたが。
しかし、花菜さんは決して子供たちのためにお金を使うことを惜しまなかった。自分のためのお金なんて一切使わず、それを全て貯蓄に回していたらしい。二人が大学に行きたいのなら、ちゃんと行かせてあげられるように、頑張っていたと話は聞いていた。
だから、今後の武史の生活費と学費には十分な額があるようだ。
普通の生活さえすれば、武史が路頭に迷うことはないだろう。これで金銭が不足するのであれば、それは花菜さんの問題ではなく、武史の責任だ。
「戸籍上は親子だけど、これでもう私とあなたは他人よ。武史……今までごめんなさい。片親で、貧乏な思いをさせて、私が不甲斐ない母親だったせいで、ごめんなさい。もうこれからは自由よ」
惜別の言葉は、謝罪ばかり。
ありがとう――その言葉がないのが、花菜さんと武史の関係性が終わったことを示していた。
子供だから耐えてきたことも、他人になると許せないことになる。
だから花菜さんは、武史に感謝なんてできない。
何故ならもう、愛情を失っているのだから――。
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