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七十五話 孤児

 武史は最初、俺の言葉を真に受けていなかった。


「はぁ? お袋と妹をくれって、意味が分からねぇよ。だいたい、二人は俺の所有物でもないんだが?」


 突拍子もない要求なのだから、その認識は当然だ。

 想定通りの反応である。ここから少しずつ、外堀を埋めていこう。


「そうだな。二人はお前の所有物じゃない。だから、二人の意思は二人が決定する。それをちゃんと分かってるな?」


「……ってかよぉ、俺は香里一人だけを寝取っただけなのに、なんでてめぇは母親と妹の二人を要求してんだよ」


「それはまぁ、小学生のころから片思いしてた子を寝取られたんだ。二人を要求する権利くらいあるだろ」


「納得いかねぇな。等価じゃねぇ」


「……まぁ、お前の理解なんて必要ない。というか、俺の意思も実はどうでもいいことだからな」


「はぁ? どういう意味だよ」


 色々と詭弁を使いはしたものの。

 俺の目的は『五味家の問題に干渉すること』なので、それはすでに達成している。


 第三者という視点を持っていながら、第三者ではないこの立ち位置は、状況をコントロールするのにとても都合がいい。


 何故なら、本来であれば『てめぇには関係ないだろ!』と武史に言われたら、返す言葉がなくなる状況なのだ。しかし、武史はそう言わない。その決定的な一言を言わせないために、回りくどい言葉で俺が当事者であるという認識を植え付けた。


 そのおかげで、やっと武史にこう言える。


「つまり……花菜さんと一華ちゃんが、自分の意思で『武史よりも俺がいい』と選んだ場合は、二人をもらってもいいよな?」


 吞ませたい要求の本命はこっちだ。

 強引に奪ったと思わせないように……奪われても仕方ないという理由を作る。


 その理由が枷となり、武史の感情を抑制するだろう。奪ったと思われたら、後々に逆上される危険性も考慮してのことだ。


「これでお前が香里を寝取ったことは許してやるよ。だから、いいだろ? 二人が俺を選んだら、俺の家に住んでもらうからな」


「……てめぇ、頭は大丈夫か? 家族はそうやって譲渡する存在じゃねぇ。両親がいないからそういうことも分からねぇんだな」


「――黙れ」


 両親がいない。

 その一言には、少し心がざわついた。


 事実だが、そこを触れてほしくない。

 俺が望んで、両親がいないわけじゃない。そのことに触れられると、やっぱりどうしても感情が荒れてしまう。


 本来なら冷静でいたいのに……武史が言葉を続けたので、そうもいかなかった。


「あ、なるほどな。巧……てめぇ、家族がいないから俺が羨ましいのか。だからお袋と一華が欲しいってことだろw その年齢でまだママが恋しいんだな? 妹に憧れとか持っちゃってるんだな? 惨めだなぁ……孤児は、本当に可哀想だなw」


 俺が悪かった。

 感情を出さないように意識していたのに、つい怒りが顔に出た。


 その隙に乗じるかのように、武史が俺を煽り、嘲笑う。そうすることで、優位に立とうとしているのだろう。


 ちゃんと、分かっている。

 こいつの思惑は、理解している……でも、その上でやっぱり、悔しい。


 感情に任せると、即座に殴りかかっているだろう。

 でも――怒りで頭が真っ白になることは、なかった。


(花菜さんと一華ちゃんは、ここで怒りに負けるような人間を……好きになるわけがない)


 俺は暴力をふるったり、他人を傷つけることを選択する人間なんかじゃない。


 だから、落ち着こう。

 冷静に考えてみたら、むしろ……この発言すら、利用できるだろ?


(――俺は、武史と違う)


 自分のためではなく、他人のために動ける善良な人間なのだ。

 そんなところを、花菜さんと一華ちゃんは好きでいてくれる。


 だから、俺は俺らしく……自分のやり方で、武史に立ち向かえばいい。

 そう自分に言い聞かせて、俺は怒りを押し殺すのだった――。


お読みくださりありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
[一言] まあ、TCGで言うロックだわな。 手順を踏んで適切に手札を切っていけばがんがらじめになって勝利。 動揺せず淡々と手を進めることが肝心。 しかし、マザコンらしいといえばらしいが、自分の行いが…
[一言] お前こそ捨てられ子だがな。
[気になる点] >自分のためではなく、他人のために動ける善良な人間なのだ。 自分で自分を善良とか言っちゃうのはちょっとどうなんだろうとか思ってしまい、個人的には >自分のためにしか動けない人間とは…
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