七十四話 『裏切られた』という免罪符
『――――』
俺も武史も何も言わない。
そのせいで、動画の音声だけが室内には響いている。
言葉にすらしたくない、香里の嬌声が大きく響いていた。
数十秒の動画だが、二人の行為場面はしっかりと映っているので証拠としては十二分だろう。
「か、勝手に撮ってんじゃねぇよ!」
武史も打つ手がないようだ。
それでもなお逆ギレして俺を威圧しているが、明らかに動揺して目が泳いでいる。
……てっきり、開き直ると思っていたのだが。
自分の悪行を暴かれたことに、武史は激しく狼狽えている。
今の状況において、俺の方が明らかに優位に立っていた。
「撮られるようなことする方が悪いだろ? 俺だって別にこんな動画は嫌なんだけどな……でも、誰かさんが裏切ったものだから、こうするしかなかったんだ」
だが、焦るな。
逸る気持ちを抑えて、しっかりと手順を踏むことに集中する。
毒牙だけでは足りない。思いもよらない抵抗を受けて、こちらに被害が及ぶ可能性もある。
だから、蛇が獲物を絞め殺すように、じわじわと武史を追い込みたい。
逆上させたくない。
激怒も困る。
理性を失うことすらも許さない。
こいつの精神を、壊したい。
自失させて、抵抗の気力すら奪うほどの傷を与えなければならない。
そうしないと、今後……ふとした拍子に、花菜さんと一華ちゃんが傷つけられる可能性がある。
今が絶好のチャンスなのだ。
ここで、こいつの心を折ることが――俺の目的だ。
「なぁ、武史。どんな気持ちだったんだ? 幼馴染の親友が愛している恋人を寝取る感覚って、どうだったんだ? 教えろよ……さぞかし、最高の気分だったんだろうなぁ」
「……か、関係ねぇだろ! だいたい、てめえが香里のことをちゃんと管理してないのが悪いんだろ!? あんなに簡単に股を開く女を好きになったのが悪いだろうが!」
「俺が悪い? まぁ、そうかもしれないけどさ……俺が悪いからって、お前が悪くないことにはならないだろ。だって、お前が俺の恋人を寝取ったことは事実だからな」
「それは……っ!」
罪の意識を、武史の意識に刻み付ける。
俺を裏切ったという罪を、強調する。
そうすることで、俺が手に入れるのは――免罪符。
裏切られたという、免罪符だ。
「武史……お前は加害者で、俺は被害者だ。つまり、お前は俺に対して罪を償う必要がある。そうだな?」
「し、知らねぇよ。別に俺の行為は犯罪じゃねぇからな」
「あはは。まぁ、別にお前の言い分なんてどうでもいいんだ。とりあえず、お前にはこれから一つ、俺の要求を呑んでもらう。それで、お前の罪は許すことにしたんだ」
被害者という立場と、裏切られたとい免罪符を盾にして、武史に言うことを聞かせる。
「――花菜さんと一華ちゃんを、俺にくれよ」
……これこそが、目的だった。
本来であれば、五味家の問題は俺に関係がないことである。
でも、裏切られたことを免罪符にして、強引に俺が介入したのだ。
これによって、花菜さんと一華ちゃんは自らの意思で率先して武史から離れたわけではなくなる。
俺という存在の影響も加わってくるので、武史の意識が分散する。
それこそが、狙いなのだ。
「俺が一番大好きだった人を奪ったんだから、お前が一番大好きな人をくれよ。それで、お前を許してやるから」
そう伝えて、俺は再び笑いかけた。
……この場に花菜さんと一華ちゃんがいなくて、本当に良かった。
だって、今の俺は……演技だと分かっていたとしても、二人が見たら幻滅するくらい酷い顔をしていたと思うから――。




