七十三話 幼馴染
『ガチャッ』
花菜さんから受け取った鍵を使用して、五味家へと入る。
……そういえば、この家に入るのは武史と香里が浮気した時以来だ。
あの時に比べると、少し物が少なくて……あと、微かにほこりっぽいかもしれない。花菜さんが住んでいたころは毎日掃除をしていただろうが、しばらくこの家に関することはやってないおかげで、既に汚くなりかけている。
人のいない建物は早々に傷むというが、まさにそうなのだろう。
そして、そんな家に残された武史は、少し苛立っているようだ。
「お袋、ようやく帰って来たか? なんでこんなに遅いんだよ、とりあえず腹減ったから何か……ん?」
二階にある自分の部屋から、何やら愚痴をこぼしながら降りてきて……それから俺を見て、怪訝そうに顔をしかめた。
「なんでてめぇがいるんだよ」
「……なんでだと思う?」
今、武史と俺は二人きりだ。
事前に話し合った通り、花菜さんと一華ちゃんはしばらくこの家に入ってこない。だから、この会話も聞かれることはない。
それが分かっているからなのか……俺は、不思議とリラックスしていた。
なんだかんだ、二人には気を遣っているのかもしれない。怖がらせないように、とあえて優しい言葉を選んでいるのだ。
でも今は、存分に言いたいことが言える。
文句だろうと、罵倒だろうと、遠慮なく好きに口にできる。
……そう考えると、俺は武史に対して恐怖心や緊張は抱いていないようだ。
むしろ、花菜さんと一華ちゃんと向き合っている時の方が気を遣っているのかもしれない。
「あ? 質問してんのは俺だろうが。ちゃんと答えろ」
「おいおい、落ち着けって。なんでそんなにイライラしてるんだ? 何かあったのなら言ってくれ。ほら、俺とお前は『幼馴染』だろ?」
そう。幼いころからの腐れ縁があるから、俺たちはお互いに気を遣わなくていい。自然体で、自由に、わがままに振舞える。
まぁ、それも……今日までの話だろうが。
「いいかげんにしろ。また殴られたくないのなら、さっさと言え」
「おっと、暴力はやめてくれ。お前の方が力は強いんだから、勘弁しろよ。幼馴染だろ? 親友だろ?」
「……うぜぇ」
俺がニヤニヤしているからなのか。
あるいは、いつまで経ってもはぐらかしてばかりなのが気に食わないのか。
早速と言わんばかりに、武史が拳を握った。数日前と同様、俺を殴ろうとしているのだろう。
ただ、それはまだ早い。
殴ってもらっても全然かまわないのだが、それはもう少し後にしてくれ。
まだ、お前には言わないといけないことがあるのだから。
「ふぅ……俺の彼女を寝取ったんだから、少しは気を遣ってくれてもいいだろ?」
「――っ!?」
その言葉で、武史は動きを止めた。
拳を振り上げたまま、俺を見て目を大きくしている。
「な、なんのこと、だよっ」
しかし、なんとか取り繕おうとしていた。
その様がおかしくて、つい笑ってしまった。
「あはは。隠そうとするってことは、少しは悪いことをしたっていう自覚はあるのか? 今更もう遅いだろ」
滑稽だ。
隠さなくたっていいだろ。
俺なんかに……巧『ごとき』にバレたって、お前らは気にしないくせに。
「……言っている意味が分からねぇな」
ただ、武史は絶対に認めようとしなかった。
そういえば、こいつは昔からそうだった。謝ったら死ぬ病気にでもかかっているのか、自分が悪いとは絶対に認めないのだ。
「だいたい、俺が香里を寝取るわけなんてないだろ? 幼馴染の彼女と浮気するとか、最低のクズ野郎じゃねぇかw」
よくもまぁ、心にもないことを言えるものである。
ただ、このままだと水掛け論にしかならないだろう。やったやらないを言い争うなんて、それこそまさに悪魔の証明だ。
……もちろん、こうなることは分かっていたので、用意を怠ってはいない。
「じゃあ、この動画はなんだろうな」
そう言って見せたのは、武史と香里の行為場面。
浮気されたあの時に撮影したものである。
これが、決定的な証拠だ。
「……っ」
ほら、武史は何も言えなくなった。
俺に先手を打たれて絶句している。
お前が嘘をつくことなんて、ちゃんと予想していた。
だって俺は、残念なことに……こいつの『幼馴染』なのだから――。
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