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七十一話 嵐の前の静けさ

 ――何はともあれ。

 とりあえず、この週末は比較的のんびりと過ごすことができたかもしれない。


 武史が帰宅しないと分かっているからなのか、花菜さんと一華ちゃんもいつも通りだった。


 都合がいいことに、あいつがいないおかげで順調だ。邪魔されることもなく、花菜さんと一華ちゃんの日用品も移動させることができた。


 これなら、もう五味家に行かずとも二人は生活できる。荷物も最低限しかないので、新居が見つかったら俺の家からの移動も身軽にできるだろう。


 諸々、順調だ。

 ただし、それが逆に……なんというか、不気味ではある。


 まるで、嵐の前の静けさのような気がした。

 だからこそ、入念な準備の必要性も感じている。


「……花菜さん、ちょっといいですか? 一華ちゃんも、少し相談したいことがあるから聞いてほしいんだけど」


 日曜日の夜のこと。

 少し落ち着きのない花菜さんと一華ちゃんと、こんな話をした。


「武史のこと、なんですけど」


 夕方くらいから、二人が不安そうにしている原因。

 明日……いや、早ければもうそろそろ帰宅するかもしれない武史のことを、あえて話題に出した。


 二人も、武史のことはずっと頭から離れていなかったのだろう。その名前を出したら、やっぱり表情が強張った。


 でも、だからこそ……ちゃんと話しておきたい。

 武史が帰ってきたら、この引っ越しのことをどう伝えるのか――ということを。


「まずは俺が、あいつに話します」


 花菜さんと一華ちゃんを、傷つけないために。

 そのために頑張るべきなのは、やっぱり俺だ。


 五味家にとって当事者ではない俺だが……だからこそ、第三者的な観点から意見を言えるだろう。


 花菜さんだと、武史は感情的になるからダメだ。

 一華ちゃんだと、武史に気圧されるから無理だ。


 それなら、まだ俺の方がマシだという判断である。


「それで、二人にも協力してほしいことがあって――」


 もちろん俺一人の力でも厳しいことは分かっている。

 なので、二人の力も頼って……なるべく穏便に、被害を最小限にする。


 その上で、ちゃんと武史には花菜さんと一華ちゃんとの離別を受け入れさせる。もし、それができたら……二人の危険性は低くなるはずだ。


 もう、武史みたいな身勝手な人間に、花菜さんと一華ちゃんを傷つけさせるわけにはいかない。


 一華ちゃんは兄妹という関係性だからなのか、まだ武史に対してドライな対応ができるかもしれないが……親である花菜さんは、そうもいかないだろう。


 ここでちゃんと区切りをつけておけば、後々の二人の人生が明るくなる。だとしたら、ここが踏ん張りどころだ。


 ……そんなこんなで、それからしばらく花菜さんと一華ちゃんと話をした。今は日曜日の夜……明日から学校なので、いつ武史が帰ってきてもおかしくないのだが、結局この日に武史が帰ってくることはなく。


 朝になっても、あいつは帰宅してなかった。

 と、いうことは……帰ってくるのは月曜日の日中か、それ以降になるだろう。


 なので、俺と一華ちゃんは学校に、花菜さんはパートに行った。

 そして、その後である。


 武史が、帰ってきた。

 学校が終わって帰宅して、俺の部屋から武史の部屋を見ると……あいつの部屋のカーテンが、開いていた。


 ついに、その時が訪れたみたいだ――。

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