七話 過保護な母のように
そういえば、花菜さんは仕事をどうしたのだろうか?
たしか、近所のスーパーでパートをしていたはずだが。
「今日はお仕事がお休みなのよ」
気になって聞いてみたら、花菜さんは小さく笑って大丈夫と言ってくれた。
「心配してくれたの? うふふ、巧くんは優しいわね……おばさんのことは気にしないで」
そう言いながらも、料理を作る手は止まらない。
さすが、いつも母親をしているだけあって動作が機敏だ。おっとりしている印象の強い花菜さんなので、テキパキ動いている姿は珍しく、つい眺めてしまった。
その視線に、花菜さんは気付いたようである。
「あら? そんなに見つめて、どうしたの? おかゆ、もしかして苦手だった?」
「いえ……手際がいいので、つい見てました」
「そう? あらあら、巧くんったらお上手ね……おばさんを褒めても何も出ないわよ?」
照れているのだろうか。
あるいは、喜んでいるのか。
別に褒めたつもりはないのだが、花菜さんは嬉しそうだった。顔を赤くして、ほんわか笑っている。
その笑顔を見て、少しだけ頬が緩んだ。
素直な人だと思う……純粋で、悪意のない、優しくて善良な性格だからこそ、こうやって素直なリアクションを見せるのだろう。
やっぱり、花菜さんがいてくれて良かったのかもしれない。一人でいたら、今頃きっと昨日の出来事を思い出して、苦しんでいただろう。
そう考えると、花菜さんの存在はとても助かっていた。
「よし、できた……食欲、どう? 食べられるかしら?」
花菜さんの料理姿を眺めていたら、あっという間に料理は完成していた。リビングのテーブルに置かれたのは、胃に優しそうなおかゆだ。
美味しそうではある。でも、食欲があるかと聞かれたら、首を横に振るだろう。
「……少しなら、食べられます」
それでも、せっかく作ってくれたのだ。食べないのは申し訳なく思ったので、スプーンを手に取った。
「もちろん食べられる分でいいわ。少しでもいいからご飯を食べないと、体が弱っていくものね。体調不良の時こそ、ちゃんと食べないとダメなのよ?」
それは分かっている。でも、昨日の出来事のせいで夜から何ものどを通らなかった。食べても吐きそうだったので、今日の朝も食べる気はなかったのだが。
今なら、少しであれば喉を通りそうだ。
そう思って、とりあえず一口……作りたてで湯気の立っているおかゆを口に入れてみる。
その瞬間、口内が焼けた。
「熱っ」
寝不足でぼんやりしていたせいだろう。温度なんて何も考えずに口に放り込んだ結果、舌が火傷してしまった。
「だ、大丈夫? 巧くん、ちゃんと冷まさないとダメじゃないっ」
俺の失態に花菜さんはびっくり……いや、なんだか怒っているように見えた。
「ほら、スプーンを渡して。まったく……仕方ないんだから。ふーふーしてあげるわね?」
「え? いや、それはちょっと……」
止める間もなかった。
花菜さんがおかゆに息を吹きかけて冷ますと、俺の口元持ってきた。
まるで、小さな子供に接するような態度である。
「さすがに、恥ずかしいんですけど……」
「今の巧くんは危なっかしくて、任せてられないわ。ほら、口を開けて……あーんしなさい?」
ただ、花菜さんは珍しく強引だった。優しい人だからなぁ……俺が注意散漫だから、また火傷するのではないかと心配してくれているのだろう。
それが分かっているからこそ、花菜さんの優しさを無視することはできなくて。
恥ずかしいが、仕方ない……素直に食べさせてもらった。
「うん、それでいいのよ。どう? 美味しい?」
大人しく口を開けて食べ始めた俺を見て、花菜さんはとても満足そうな顔をしていた。
「はい。美味しいです」
「良かった。ほら、もっと食べて……まだまだあるからね?」
そうして、小鳥のひなが親鳥に食事をさせられるかのように、食べさせられることしばらく。
「うふふ。全部食べられて偉いわ」
「はい……ごちそうさまでした」
食欲はなかったが、いつの間にか完食していた。
思った以上に美味しくて、食が進んだのである。
そういえば、最近はコンビニのごはんと外食ばかりだった。
だから、花菜さんの手作り料理が、余計に美味しく感じたのかもしれない――。




