六十七話 初恋の終わり
「――ふざけないでよ!!」
何も言えなくなった俺に代わるように。
ホテルのロビーに、彼女の声が響く。
「……は? 誰、この子。中学生?」
面識のない香里は、一華ちゃんの登場に困惑している。
しかし、そんなことは関係ないと言わんばかりに彼女は香里へと詰め寄って、彼女を睨みつけた。
「ちゃんと答えて」
「な、何が? あんたに関係な――」
「あるよ。あるもん! わたしだって――たくみにぃのこと、好きだったんだよ!? それなのに、あなたは……あなたはっ」
一華ちゃんは、泣いていた。
しかし、流れる涙を拭うことはしない。そんなこと気にならないくらい、香里に怒っている。
「軽い気持ちで、人の気持ちを弄ばないで……たくみにぃの彼女なんでしょ? だったら、もっとその気持ちを分かってあげてよ!」
「うざっ。巧と同じで、あんたも本当にめんどくさいね。そういう重い話、大嫌いなんだけど?」
「……うざい? 重い? 違うでしょ。本当は、怖いだけのくせに」
香里の飄々とした言葉に、一華ちゃんは臆さない。
堂々と真正面から受け止めて、その上でハッキリと言い返している。
そこが、香里との違いだ。
「本気で向き合って、否定されるのが怖いだけのくせに」
「――っ」
今の言葉で、香里の表情が凍り付いた。
張り付いていた薄ら笑いも消えてなくなり、今は……心からの怒りが、浮かび上がっている。
しかし、それでも一華ちゃんは逃げない。
香里の目をまっすぐ見ていた。
「たくみにぃの気持ち……ちゃんと、考えてよ。どれだけ、あなたのことを思っているのか……こんなにひどい扱いをされても、まだ――あなたのことを、助けようとしてくれていることも、ちゃんと気付いてよっ」
それはもう、怒鳴り声ではなくなっている。
悲痛な嗚咽にも似た……聞いているだけで、心苦しくなるような声。
「軽い気持ちで、適当に生きているから……こんなことだってしちゃうんでしょ? そんなあなたでも、たくみにぃは本気で助けようとしてくれた。心から優しい人だから、なんとかしたいと思ってくれているのに、どうして分からないの?」
「…………」
もう、香里は何も言わない。
いや、言えなくなっている。
一華ちゃんを見て、彼女は言葉を失っている。
……もしかして、届くのだろうか。
俺の言葉には、耳を傾けようとなんてしなかった香里が……一華ちゃんの話を聞いて、口を閉ざし、彼女と目を合わせた。
一華ちゃんの純粋な思いが、香里に響いた――
「で? だから何?」
――そのことを、期待した俺がバカだった。
「あんたのことなんて知らないんだけど? めんどくさっ……巧なんてあげるから、さっさとどっか行ってよ」
どんなに本気で向き合おうと、香里は軽い気持ちでその思いを踏みにじる。何故なら、彼女はそうやって生きてきたから。
救いようなんて、あるわけがない。
そもそも、救おうとしたことが間違いでしかないのだ。
香里もまた、武史と同じような人間なのだから。
「……あの、すみません。当施設は未成年の利用を固くお断りしているのですが――」
さっきから大声で騒いでいたせいだろう。
無人のロビーに、いつの間にか従業員と思わしき人がやってきていた。
香里と一緒にいた中年の男性は、すでに逃げたようで……もうどこにもいない。
「ちっ……うっざ」
そのことに香里も気付いたみたいで、彼女は舌打ちをこぼして歩き去って行った。
こうして初恋が終わる。
これが……俺と香里の別れだった――。
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