六十五話 円城香里
一華ちゃんと買い物をした、その帰り道の事だった。
俺たちの家は駅から距離のある郊外に位置している。その途中で、実は少し治安の悪い場所の近くを通る必要があった。
そこは、柔らかく表現すると大人の街というか……風俗やキャバクラ、それからホテルなどがたくさんある場所である。
子供のころ、夜になったらその付近には近づくなとよく祖父母に言われていた。なので、俺はこの近辺にあまり詳しくない。
近くを通る際も早足で通り抜けるようにしていた。だからまだ夕方といえ、一華ちゃんと一緒にいる今も、そちらに意識は向けずに歩いていたのである。
それに、ここは…武史と香里がいた場所でもある。この前、一華ちゃんが武史と香里を見かけたのが、このホテル街なのだ。
だから俺は、気付かなかった。
たぶん、無意識のうちに見ないようにしていた。
でも、一華ちゃんは違った。ここで武史と香里を見かけたことが、頭にあったのかもしれない……視線がずっと、そちらを意識していたのである。
そのせいで一華ちゃんは、見てしまったのだろう。
「……あれ? なんで――あの人が?」
急に、一華ちゃんが足を止めた。
「ん? 一華ちゃん、どうかした?」
つられて、俺も立ち止まった。気になって、彼女の見ている方向に視線を移す……そして見えたのは、とあるホテルの入り口。
そこには、男性と女性がいて。
「あっ。たくみにぃ、ダメ!」
慌てた様子で一華ちゃんが制止したが、もう遅い。
俺も、気付いてしまったのである。
「――香里?」
見慣れた顔があった。
黒髪で、一見すると清楚そうな女子がいる。
制服姿の彼女は、今……中年のおじさんと一緒にいた。
スーツ姿で、四十代……いや、五十代にも見える男性だ。
少なくとも、親と同じく制の世代であることは間違いないだろう。
その男性と香里が、並んで立っていて……それからすぐに、歩き出した。
向かう先は――ホテルの中。
その時に、これが何か気付いた。
(……パパ活、か?)
あるいは、援助交際と表現するべきだろうか。
いずれにしても、まともな関係性じゃないことは明らかだろう。
とはいえ、もちろん俺には関係がない。
一応、まだ別れていないとはいえ……香里は俺を裏切って、武史と浮気している。関係性も良好というわけではない。
もうほとんど他人だ。
気にせず、無視して、一華ちゃんと帰宅しよう。
そして、引っ越しの手伝いをして、花菜さんの作ってくれた夜ご飯を食べて……ゆっくりと平穏に過ごす。
そういう一日を送った方が、幸せなのだ。
……そんなこと、分かっている。
でも、体が勝手に動いていた。
「――香里、何してんだよ!」
一華ちゃんを置いて、走った。
無人のロビーで、機会を前に何やら手続きをしている香里と中年男性に駆け寄り、大声を発した。
「は? なんで、巧がここにいるわけ?」
香里も驚いていた。
俺を見て、不快そうに眉をひそめている。
そんな彼女に、俺はなおも語りかけた。
「お前……なんで、ここにいるんだ?」
勘違いであってほしかった。
何か、事情があってここにいるだけで……パパ活とか、援助交際とか、そういうことに関係がないと、言ってほしかった。
そうじゃないと、怖かった。
香里は嫌いだ。人間性も良くはない。俺を裏切った最低の人間だ。
でも、まさか……こんなことをしているとは、思いたくなかったのである。
だって、香里は俺が初めて好きになった人なのだ。
人としての道を踏み外しているとは、思いたくなかったのである――。
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