六十四話 同じ境遇のはずなのに
今日は金曜日。明日からの週末、武史は帰宅しないらしい。
ショッピングモールで遭遇した時はどうなるものかと思ったが……何はともあれ、その情報はとても有用だ。
武史が帰ってくるのは早くても日曜日の午後くらいだろう。もっと遅ければ、月曜日になるかもしれない。
少なくとも今日と明日は武史が帰宅する可能性が低い。その間に、花菜さんは自宅にある荷物をまとめることにしたようだ。
そういうわけで、花菜さんは一旦帰宅して。
直後、入れ替わるようにやってきたのは……一華ちゃんだった。
「もうっ。たくみにぃ、お母さんのこと秘密にしてたの!? わたしを仲間外れにしないでよっ」
最初、一華ちゃんはとても拗ねていた。
これから一緒に暮らすことになるので、花菜さんが色々と伝えたらしい……そして、色々と秘密にされていたことをふてくされた一華ちゃんがやってきたというわけだ。
「しかもさっき二人で買い物に行ったんでしょ? デートじゃんっ。わたしも行く! 絶対に行くの! ほら、準備してっ。今から行くからね!?」
と、いうわけで再び俺が外出することになった。
花菜さんにそのことを伝えたら『あらあら、若くて素敵じゃない。いってらっしゃい』と和やかに送り出された。
そうして、本日二度目のショッピングモール。
前々から一華ちゃんが洋服を買いたいと言っていたので、その付き添いをした。
「えへへ~。お母さんからお小遣いもらったから、ほしいのが買えて良かった♪」
その帰り道。
買い物をしたおかげなのか、すっかり一華ちゃんの機嫌も直ったようである。ちょっと前までは拗ねてほっぺたがずっと膨らんでいたけど、今はいつも通り無邪気に笑っていた。
「ごめんね、色々と隠してて」
とはいえ、花菜さんのことなど色々秘密にしていたことを、改めて謝っておく。やっぱり俺は、一華ちゃんのことを子供扱いしていたのだろう……過保護に守ろうとしてしまった。本人が知っておくべきことも伝えられずにいたのだ。
結果、急な引っ越しとなったわけで、そのことに一華ちゃんも驚いていることだろう。なので、もう一度謝ったわけなのだが。
「……えっと、大丈夫だよ? さっきは怒っちゃったけど、本当は怒ってない。ってか、その……たくみにぃには、感謝してるもん」
一華ちゃんは、首を横の振った。
むしろ今度は、一華ちゃんの方が申し訳なさそうな顔をしている。
「うちの事情、知ってるよね? お母さん……浮気がすごく嫌いなの。だけど心が強いわけでもないから……たぶん、たくみにぃがいなかったら、兄貴のせいでお母さんは壊れてたと思う」
聞いたところによると、一華ちゃんも武史も花菜さんの境遇は知っているらしい。前の旦那が酷い人間で、だからこそ花菜さんが浮気という行為に嫌悪感を持っていて、男性に苦手意識を持っていることも……ちゃんと、分かっている。
だから一華ちゃんは、母親を気遣った。今も、俺のことを許すどころか、感謝してくれている。
しかし武史は、母親を蔑ろにした。境遇なんて無視して、忘れて、傷つけようとした。
同じ兄妹なのに……この違いは何だろう?
武史と一華ちゃんは、同じ環境で育ったはずなのに。
……まぁ、あいつのことはもうどうでもいい。
「えへへ……秘密にされてて、ちょっと嫉妬しちゃっただけだよっ。たくみにぃ、色々とありがとっ。お母さんのこと、守ってくれて……わたしにも、優しくしてくれて、すごく嬉しい!」
一華ちゃんみたいに、ちゃんと相手の思いをくみ取ってくれる人がいる。
武史みたいな人間よりも、これからは一華ちゃんや花菜さんと、向き合っていきたい。
その方が、ずっと幸せなのだから――。




