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六十三話 寝取られた理由

 ……なんというか、武史の態度がいつもより大人しい気がする。

 普段はもっと俺のことを嘲笑ったり、バカにしたりする態度をとるのに、どこかいい顔をしているように見えた。


 もしかして花菜さんがいるから、かっこつけてるのか?

 ……まぁいいか。トラブルが起きないなら、それにこしたことはないだろう。


 それに、せっかく俺との会話が成立している、珍しい状況なのである。ここは感情的にならずに、利用した方が賢明だろう。


「花菜さんに話……か。そういえばお前はいつ家に帰る予定なんだ?」


 こいつの情報が必要だ。

 花菜さんと一華さんが落ち着くためにも、いつ帰ってくるのか知っておいた方がいいだろう。


「数日はあの女の家に泊まってるつもりだ。明日から週末だし、旅館に泊ってくるんだよ」


「……そんなお金、あるのか?」


「あるわけないだろw あの女に出させるよ……キャバやってるから、ああ見えて結構金持ってんだよ」


 本当に、こいつはどういう経緯でそういう女性と関わってるんだ?

 そして女性側は、どういう意図でこいつにいいように利用されてるんだろう。普通の人間には理解できない関係性を構築していて、ちょっと怖かった。


 ともあれ……武史の交友関係はさておき。

 とりあえず、こいつの予定を知れたのは良かった。


 週末は遠出するみたいだし、その間に引っ越しの準備も済ませてしまえばいいだろう。


「なるほどな。じゃあ、そろそろ行くよ」


「おう、色々と頼むぜ。うまくお袋の機嫌を取っといてくれよ」


 そう言って、武史から目を離す。

 花菜さんもすぐ後ろからついてきているのを確認して、これで一件落着だ……と、思っていたのだが。


「あの……巧くん?」


 武史を警戒していたのか、ずっと黙っていた花菜さんが、ショッピングモールを出た瞬間に話しかけてきた。


「花菜さん、大丈夫でした? いきなり遭遇してびっくりしましたね……でも、変装のおかげでうまくやりすごせました」


「ええ。それは良かったんだけどね……こんなのを、武史に渡されて」


 そう言って、花菜さんが差し出してきたのは――折りたたまれた紙きれ。

 メモ帳を折りたたんだのであろうその紙片を、花菜さんから受け取って……中を開いてみると、そこにはメッセージアプリのIDが書かれていた。


「……これ、武史の連絡先よ」


「そう、ですよね」


 確認するまでもない。何度も見たそのIDを見て、再びため息をついた。


「あいつ……花菜さんをナンパしてたんですね」


「……一応、巧くんと仲良くしてるって認識してたはずなのにね」


 うん。それにもかかわらず、あいつは花菜さんに手を出そうとした。

 俺への敬意なんてまったくない……というか、明らかに舐められていると言うか、バカにされている気がした。


「そういえば、武史って……小さい頃は、巧くんのおもちゃをすごく欲しがる癖があったわよね。同じのを買ってあげるより、巧くんから無理やり奪ったもので遊んでいた記憶があるわ。よく、叱っていたんだけど……」


 成長しても、その悪癖は直っていないということだろうか。


(香里に手を出したのも、まさかそれが原因か?)」


 ……ずっと、気がかりではあったのだ。

 香里と武史は、俺と同じように小学生のころからの知り合いだ。

 それなのに、武史は香里に興味を今まで示さなかったのである。


 あいつが香里に手を出したのは、俺が付き合ってから後の事だったのだ。

 何故このタイミングなのか疑問だったのだが……今なら、分かる。


 武史は、俺の大切にしているものを奪うことが、好きなのだ。

 だってあいつは、クズ野郎だから――。

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― 新着の感想 ―
[一言] 前話を読んで、主人公は道端の石ころ、母親ラブ、まではわかった。 なら寝取った彼女は?という疑問の答えがこれみたいだな。 取るに足りない石ころから奪うこと自体が目的。 しかしさ、読者視点とい…
[良い点] 武史は家族が巧側で自分の悪事がバレてると知った時はどうなるか楽しみ
[一言] 人から奪うことでしか満足感を得られない…。 まあ、病気ですわな。
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