五十三話 与える人と与える人
武史のように、奪うことしかできない人間がいる一方で。
花菜さんのように、与えることを優先できる人間もいる。
結果、与える人は奪う人に搾取されてしまうわけだが……逆に、与える人が与える人と関わった場合は――相手から『与えられる』ことだってあるのだ。
好意を受け取った分、相手はそれに報いようとしてくれるだろう。
そして受け取った側も、また更にお返しをしたくなって――結果、良い循環を生む。
だから、世の中で成功する人間は奪う人間である『テイカー』よりも、与える人間『ギバー』の人が多いらしい。そう考えると、因果応報というものは本当にあるんだなぁと思う。
悪いことをすれば、悪い結果が返ってくる。
逆に、良いことをすれば、良い結果が生まれる。
花菜さんだってそうだ。
祖父母と良好な関係を築いていたからこそ、こうやって残された『愛情』を受け取ることができたのだろう。
「……っ」
通帳と印鑑を受け取ると、花菜さんはギュッと唇をかみしめた。
泣き出しそうな表情だが、俺がいるせいなのか必死に耐えている。
そういえば……俺や一華ちゃんの前では大人であろうと強がっているけど、うちの祖父母の前で花菜さんは少し子供っぽくなったなぁと、昔のことを思い出した。今も、祖父母の愛情を受けて、強がれなくなりつつあるようだ。
とはいえ……それでもまだ、花菜さんはためらっているようで。
「で、でも……! このお金は、巧くんやご親族が受け取るべきだと思うわ」
こんな時でも誰かに与えようとするのは、花菜さんの良いところでもあって――悪いところでもあった。
「いえ、花菜さんが受け取るべきですよ」
だからこそ、俺は決して受け取らなかった。
「俺の分は十分に残してもらいましたし……叔父さんはそもそもお金に困っていないくらいすごい人なので、気にしないでください」
都会で家族と優雅に暮らしている叔父さんは、自分で事業を立ち上げているだけあってかなり稼いでいるらしい。お金のことは何も心配するなと前に言われている。それもあって、この通帳も花菜さんに渡せと電話で言ったのだろう。
「それに……これはおじいちゃんとおばあちゃんが、花菜さんのために残してくれたものなんです。その愛情を受け取らないのは、悲しいです」
「ち、ちがっ。それは――!」
俺の言葉に、花菜さんは慌てた素振りで首を横に振った。
もちろん、そんなつもりがないのは分かっている。
でも、このままだと花菜さんが意地を張りそうだと思ったので、あえてこんな言い回しをしたのだ。
そのことに、恐らくは花菜さんも気付いていることだろう。
「もうっ……巧くんったら、すごく意地悪ね」
恨みがましい目を向けられたが、軽く肩をすくめて受け流す。
すると、花菜さんは諦めたように小さく笑って……通帳と印鑑を、両手で握りしめた。
「……そうよね。これは、おじいさまとおばあさまが、私のために残してくれた大切なお金よね」
「はい。だから、叔父さんも手を付けなかったんだと思います」
「――ありがとう、ございます」
その言葉は、俺に向けられたものではない。
仏壇に向けて、花菜さんは目を閉じながらお礼を伝えていた。
良かった……ようやく、祖父母の思いを花菜さんは受け取ってくれた。
「お葬式の時は悲しくて、お金なんてどうでも良かった。でも……今やっと、お二人の気持ちを理解できたわ。ありがとうございます、大切に――使わせていただきます」
そう言って、仏壇に手を合わせる花菜さん。
俺に見えないようにしているけど……その目からは、涙がこぼれていた。きっと祖父母への思いがあふれているのだろう。
それは見ていないふりをして、俺もまた花菜さんの隣で手を合わせた。
(おじいちゃん。おばあちゃん。ありがとう……俺と一緒に、花菜さんと一華ちゃんのことも、天国で見守っていてくれると嬉しいです)
亡き祖父母に感謝と祈りを捧げる。
それからしばらく、俺は花菜さんと二人で黙祷を続けた。
……叔父さんから聞いた話によると、通帳には結構な金額が記載されているらしい。
これさえあれば、少なくとも当面の生活費と引っ越し代、それから一華ちゃんの学費も問題はないだろう。
良かった……これで一つ、問題は解決したようだ――。




