五十話 幸せの所在
とりあえず、どんな理由であれ花菜さんと一華ちゃんが俺の家に住むことは問題ない。
そう告げた上で事情を聞いてみると、花菜さんは気を引き締めるように咳払いをしてから、説明を始めてくれた。
「こほん。えっとね……昨日、巧くんの話を聞いたうえで、改めてちゃんと考えてみたの。これから武史とどう向き合うべきか、を」
花菜さんの話に、俺は静かに耳を傾けた。
俺が伝えたいことは、昨日のうちに全て伝えている。花菜さんはきっと、それらを踏まえたうえで結論を出しているはずだ。
だったら、それをちゃんと聞きたい。
花菜さんが何を思い、どういう心境の変化があったのかを、知りたかった。
「色々なことを考えたわ。私が謝って和解してみることも、逆に怒って反省を促すことも……ちゃんと私の意見をぶつけて、たとえ喧嘩になっても武史と向き合うべきなんじゃないか――って、様々な選択肢を考えてみたの」
しかし、花菜さんが選んだのは……違う道だ。
俺の家に引っ越すのなら、そういうことになるわけで。
「でもね……私、昨日は一睡もできなかった。悩んでいるから寝れないのかとも思ったけど、絶対に違う……私は――武史が怖くて、眠れなかった」
たぶん、花菜さんの本音としては、武史と向き合いたいのだろう。
ちゃんと、あいつのことだって救いたいと思っているように感じる。
しかしそれは、恐らく不可能だ。
精神的にも、肉体的にも……花菜さんにとって『武史を救う』という行為は、苦痛を伴うものなのである。
「一華と一緒の布団で寝ても、ダメだった。武史がいつ帰ってくるのか分からなくて、怖くて、怯えて、ずっと体の震えが止まらなかった……結局、昨日は帰ってこなかったから顔を合わさずにすんだけど。でも、こんな状態だとまともに生活ができないわ」
……だからこそ、花菜さんが選択したのは――引っ越しなのか。
「武史と一緒にいると、私が壊れていく気がする」
「……花菜さん、昨日伝えたことを忘れてないですよね?」
自分を大切にしてほしい。
花菜さん自身のためだけじゃない。一華ちゃんも、俺も、花菜さんの不幸は望んでいない。
それをもう一度伝えたら、花菜さんは心配しないでと言わんばかりに笑ってくれた。
「ええ。忘れてるわけないじゃない……だからこそ、踏みとどまったの。以前までの私なら、もしかしたら自分のことなんて考えずに武史を助けてあげようとしたかもしれないけど……もう、そんなことはできないわ」
「それなら、良かったです」
「うふふ……心配かけてごめんね? もう、大丈夫よ。私は、一華と巧くんを悲しませたくない。だから――武史のことは、見守るだけに決めた」
……そっか。
花菜さんは、ついに決断したんだ。
「武史のことは、武史に全て任せるわ。高校が終わるまで……もし大学に行くのなら、大学を卒業するまでは、ちゃんと生活費を援助する。でも――一緒には、暮らせない」
武史という、奪ってばかりの人間から離れることを。
優しさを、愛情を、温かい思いやりを、それらをもらうことを当たり前に思うような略奪者とは、関わらない方が絶対にいいと思う。
特に、花菜さんのような他人の幸せを自分の幸せだと思える優しい人は……武史のような人間に利用されるだけだ。
だから、俺は安堵した。
(良かった。これで花菜さんは……大丈夫だ)
不安だった。
もし、花菜さんが自分の身を省みず、武史に執着したら……その先にあるのは間違いなく、破滅だ。
今まで、ずっと報われない人生を送ってきたのである。
せめて、これからは……報われてほしい。
花菜さんだって、幸せになっていいんだ。
俺は、それを心から願っている――。




