四十九話 プロポーズ?
【笹宮巧視点】
――翌朝。
昨日の朝も言っていた通り、俺の家にやってきた花菜さんは……挨拶を終えるや否や、リビングの床に正座した。
昨日、あれから大丈夫だったのか……とか。
武史は結局、帰って来たのか……とか。
そのあたりの事情も聞きたいと思っていたのだが、花菜さんのいきなりの行動に驚いて何も聞けなかった。
「は、花菜さん!? 何を――」
「巧くん。折り入って、お願いがあります」
姿勢を正して俺を見つめるその瞳には――昨日は見られなかった、力強い光が宿っていた。
何かを決意したかのような、そんな表情である。
「私と一華を――この家に、居させてください」
そう言って花菜さんは、深々と頭を下げた。
もう何度も見たことのある『土下座』だ。心からの懇願なのだろう……居させてくださいってことは、つまり俺の家に住むってことかな?
「はい。もちろんいいですよ」
「無理なお願いを言っているのは分かっているわ。でも、どうか……引っ越しの費用が貯まるまでは――って、いいの!?」
悩むこともなかったので頷いたら、今度は花菜さんの方がびっくりしていた。
まぁ、花菜さんと一華ちゃんであればこの家を自由に使ってもらっても構わない。どうせ一人だと持てあますのだ。
「むしろ、土下座の方が驚くのでやめてください……」
「いえ、土下座しても足りないくらいのお願い後なのよ? 巧くん、本当に私の言っている言葉の意味が分かっているの? 一時的に寝泊まりする、という意味じゃないわ。しばらくの間、暮らすかもしれないって意味だと、ちゃんと理解している?」
「そうなんですか? まぁ、一時的にでも、長期的にでも、どちらでも全然大丈夫です。花菜さんと一華ちゃんなら信頼してますし……後で合鍵、渡しますね」
「――ちょ、ちょっと待ってくれる? どうしよう、巧くんが優しすぎて私の方がちょっと困っちゃうわっ」
花菜さんは動揺していた。あたふたと両手を世話しなく動かしている……普段、落ち着いた振る舞いをする人なので、こういう一面は新鮮だった。
「巧くんは嫌じゃないの? 一華はまだしも、私みたいな年上のおばさんが一緒に暮らすのって、年頃の男の子として問題はないの? 他人と暮らすんだって、ちゃんと分かってる?」
「花菜さんをおばさんとは思いませんけど……まぁ、俺はむしろ、二人が一緒に住んでくれるなら嬉しいですよ?」
あと、もう一つ。
「花菜さんと一華ちゃんは、俺にとって他人じゃないですよ。困っているのなら助けたいですし、逆に困っている時には助けを求めます」
昨日も言ったのだが、困っている時はお互い様だ。
それに……花菜さんを助けたいという思いは、俺だけのものじゃない。
「おじいちゃんとおばあちゃんが生きていたら、きっと花菜さんを受け入れていたと思いますから」
祖父母の思いは、俺の中にまだ残っている。
二人は花菜さんのことを心配していたのだ。その思いを俺が無視するわけがない。
「もちろん、事情は教えてほしいです……これから一緒に暮らすのですから、隠し事はなしでお願いします」
そう伝えたら、花菜さんは……ゆっくりと立ち上がってくれた。
「本当に、いいの?」
「はい。あまり新しい家ではないですけど、どうぞ自由に使ってください」
俺を見上げるその顔は、まだ困惑している様子だったが……ほんのりと、赤くなっていた。
「……私、巧くんみたいな男性と結婚したかったわ」
「え」
こ、これってどういう意味だ?
なんだかプロポーズみたいな言葉である。
女性と二週間しか付き合ったことない上に、手すら繋いだこともないし、何なら浮気もされていた俺なんかが、花菜さんにはもったいないと思うのだが。
「あの……まだまだ未熟者ですけど、いいんですか?」
「……えっと、どういう意味?」
「あれ? プロポーズじゃなかったんですか?」
「ち、違うわよ! もうっ、巧くんったら……って、仮にプロポーズだとしてもちゃんと断りなさいっ。こんなおばさんと結婚なんて、もったいないじゃない」
「いや、おばさんとは思ってないって何度も――」
「うぅ……お、終わり! プロポーズはしてないからっ。その……巧くんのこと、素敵だなって思っただけなの。だから、これに関してはもう何も言わないでっ」
……なんだ。勘違いだったのか。
まぁ、冷静に考えたらそれもそうか。こんな小僧にいきなりプロポーズなんて有り得ないか。
でも、素敵だなって思ってくれただけで十分だ。
花菜さんみたいな魅力的な人にそう思われて、すごく嬉しかった――。
お読みくださりありがとうございます!
もし良ければ、ブックマーク、高評価、レビュー、いいね、感想などいただけますと、今後の更新のモチベーションになります!
これからもどうぞ、よろしくお願いいたしますm(__)m




