四十八話 ジレンマ
娘と一緒に眠るのは、いつぶりだろうか。
(まだ小学校低学年だったころは、こうして一緒に寝てたけれど)
高学年になってからは、一人で眠るようになったと思う。
それ以来だったので、すごく懐かしい気分だった。
「お母さん、ぎゅーっ」
一華の隣で横になると、即座に娘が抱き着いてきた。
「どう? 元気出る?」
「ええ……ありがとう」
そういえば、娘が落ち込んだ時はよくこうして抱きしめてあげていた。
その時の癖で、花菜はよく巧にも抱き着くわけだが……それはさておき。
花菜を元気づけるために、一華は花菜を抱きしめている。
昔、自分がやったことを参考にして同じことをしている娘を見て、花菜は彼女のことが心から愛しくなった。
「一華……あなたのことを、私は何よりも愛してるわ」
「え? きゅ、急にどうしたの? お母さん……照れるよっ」
伝えずにはいられなかった。
心から、一華への愛情があふれていたのだ。
「私は一華と離れたくない。でも、もし私が違う場所に行くって言ったら……どうする?」
「そんなの――ついていくに決まってるでしょ?」
即答だった。
花菜のそばから離れることなんて考えられないと、そう言わんばかりに。
「私だって、お母さんのことが大好きだもんっ。ずっと一緒にいる……大人になっても、お母さんと一緒に住むからね?」
「あらあら……親離れしないとダメよ?」
「えへへ~。それはもうちょっと後でいいのっ」
一華は、花菜にべったりと甘えていた。
武史は思春期になって反抗するようになったが、一華はずっと素直なままだ。
「お母さん……ずっと一人で頑張って、私の事を育ててくれたもんね。大人になったらいっぱい親孝行するから、待っててね?」
それでいて一華は、花菜に深い感謝の心を持っている。
尽くしてくれる母の愛情を、当たり前だとは決して思っていない。
花菜の努力を、思いを、ちゃんと理解しているからこそ……彼女は、花菜に決して酷いことを言わないし、分かりやすく愛情を伝えることができるのだ。
「だから、お母さん……私を置いて、違う場所になんて行かないでね?」
――その言葉を、花菜は強くかみしめた。
決して忘れないように心に深く刻んだ。
(私が傷つくと、この子は悲しむ)
辛い思いをすると、一華にまで辛い思いをさせてしまう。
自分を犠牲にすると、かけがえのない娘まで、傷つけることになる。
そんなこと、花菜は許せない。
(一華のためにも、私は……っ)
母としての義務と責務。
子供を守るために、何をするべきなのか。
迷っていた。
武史を愛する努力を続けるべきなのか。
それとも……もう、諦めるべきなのか。
その答えが、ようやく出た。
(武史は、もう――私では、手に負えない)
息子のために自分を犠牲にしてしまうと、今度は娘を傷つけることになる。
だからこそ花菜は、決断したのだ。
「大丈夫よ。一華……私が、あなたを悲しませることなんて、絶対にしないから」
不安そうな表情の一華に、優しくそう告げた。
そうすると、彼女は安心したように笑って……もう一度、花菜の胸に抱き着いた。
「うんっ。信じてる」
「ええ……信じて」
娘を抱きしめながら、花菜は力強く頷いた。
その表情に、もう迷いはない。
娘のために。
自分のために。
それから、近所に住む優しい少年のためにも。
(私は……ちゃんと、私を大切にする)
自分の幸せを優先させることをことを、彼女は決意するのだった――。




