四十四話 間違えていたのは、育て方ではなく
やっぱり、花菜さんを俺の家に連れて帰ったのは正解だった。
何故なら、五味家はもう……花菜さんにとって、安心できる場所ではなくなったのだ。
「怖いわ。武史のことが、怖い。そんなこと思いたくないのに……っ」
血は繋がっていなくても、我が子のように愛していたはずなのに。
花菜さんは、武史のことを受け入れられなくなりつつある。
「浮気だけじゃない。暴力まで振るうなんて……どうして? どうしてあの子は、あの人に似てるの? 血は繋がってないはずよ。武史は、あの人の子供ですらないのに、なんで?」
「……え? それって――」
どういう意味だ?
武史は、花菜さんを捨てた前の夫の実子――だと思っていたが、その言い方だとどうも違うようだ。
「武史は、どこの誰かも分からない人の子供なの。前の旦那も、押し付けられた子供らしくて……女癖の悪い人だったから、きっと何かあったのでしょうね。詳しくは知らないけど……だからあの人は、武史に情もなかったのだと思うわ」
つまり、武史は……五味家にとって、正真正銘の他人だ。
花菜さんとは血がつながっていなくても、前の夫の血が流れているのなら、一華ちゃんとは血がつながっていると思っていた。
でも、それすらも違った。
花菜さんは……赤の他人だというのに、武史をこんなにも愛していたのか。
「子供に罪はない。血なんて関係ない。私は、あの子を心から愛して、育てていた。一華と同じように……自分の子供だと、本気で思っていた。でも、どうしてかしら……武史はなんで――こうなっちゃったの?」
花菜さんの声には、後悔がにじんでいた。
武史を正しい道に導けなかったことを、心から悔いているかのように。
「どこで間違えちゃったの? 私の育て方は、何が……!」
こんな時でさえ、花菜さんは自分を責めている。
その愛情の深さは測り知れなくて、胸が詰まった。
でも、だからこそ……俺は、こう言わなければならないと思った。
「……高校生はもう、大人ですよ」
親の影響力が大きい時期なんて、せいぜい小学生までだ。
中学生からはもう、精神が自立している。親の教育や指導よりも、自分の思想を優先させて生きるようになる。
だから、花菜さんのせいなんかじゃない。
「武史が歪んだのは――武史の責任です」
決して、花菜さんが悪いわけじゃない。
あいつがああなってしまったのは、あいつの責任だ。
「それに、一華ちゃんはいい子に育ってますよ? 花菜さんの育て方が間違えているなんて、俺には思えません。武史も……幼い頃は、今よりもずっといい奴でしたから」
何度でも言おう。
俺はあいつのことを、大親友だと思っていた。
花菜さんに愛されて育ったからこそ、武史は……花菜さんみたいな優しい一面も持っていた。
ただそれは、高校生になって消えてしまった。
「でも今は、ただのクズ野郎だとしか思えません。花菜さんにこんなことは言いたくないですけど……武史は、どうしようもない」
救えるなんて、おこがましい考えは持てない。
だって、感情的になると母親にさえ暴力を振るうような人間なのだ。
花菜さんがなんとかできるような時期ではなくなっている。
「もう、無理しないでください。花菜さんは、ずっと頑張ってきたんですから……そろそろ、その努力が報われて、幸せになるべきです。少なくとも、穏やかに……落ち着いた毎日を過ごしてほしいと、俺は思います」
武史なんかに、人生を費やさないでほしい。
あんなやつに拘らずに、もっと別の道を進んでほしい。
そう、心から願った――。




